ジラフポット
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作詞・作曲は中野大輔(Vo.)が担当[1]。
メンバーはいずれも大阪スクールオブミュージック専門学校の卒業生。ただし在校中の結成ではない[2]。
2009年9月大阪府大阪市にて、中野大輔、原田直樹を中心に結成。
2011年にベースの関浩佑が加入し、現在のラインナップとなる[1]。
バンド名は「あまり意味を含まないバンド名にしたい」「動物の名前を入れたい」「絶対カタカナにしたい」などのメンバー内の意見から一度“ジラフポッド”と名付ける。その後「濁点で終わるとなんかカッコ付けて聞こえるし、初見の人が言いやすいな」とひねくれた中野が濁点を排除し“ジラフポット”となった[3]。
メンバー
中野 大輔(なかの だいすけ)
- ボーカル・ギター、作詞・作曲を担当。愛媛県出身[4]。
- 上述の専門学校にて音楽を学ぶまで音楽には一切携わっていない。入学当初は音響または照明でのプロを目指していた[2]。
- 母親の影響で幼少期のころからQUEENを聴き、コーラスやオーバー・ダビングの面でかなり影響を受けたという[3]。
関 浩佑(せき こうすけ)
- ベース・コーラス担当。兵庫県姫路市出身[4]。
- 9代目のベーシスト[2]。
- 音楽に全く興味のなかった中学生時代に友人の勧めでJanne Da Arcを聴き、ギターを弾いてみたいと思うようになる。現在はベーシストだが、音楽性などに影響を受けている[3]。
原田 直樹(はらだ なおき)
来歴
2011年
2012年
- 大阪での盟友KANA-BOON、コンテンポラリーな生活、オトワラシにジラフポットを加えた4バンドでの合同企画「ゆとり」を開催。同イベントは2013年3月のファイナルまでに全5公演を行い、全てソールドアウトと大成功を収めた[6]。
2014年
- バンド初となる全国流通盤『Hydro human』をリリース。
2015年
- 全国ツアー”Head Held High Tour”を開催。ツアー終盤の移動中、交通事故に巻き込まれ中野大輔が右鎖骨を骨折。それに伴い数か月間ライブ活動を休止[7]。
2019年
ディスコグラフィー
シングル
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 2019年8月7日 | John Doe | GPCD1008 | 全3曲
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結成10周年にして初のシングル |
EP
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 2015年2月11日 | Last Man Standing | GPCD-1002 | 全4曲
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ミニアルバム
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 2014年2月26日 | Hydro human | GPCD-1001 | 全8曲
|
バンド初の全国流通盤 |
| 2nd | 2015年11月18日 | Breathe and breathe again | GPCD-1003 | 全7曲
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| 3rd | 2016年8月24日 | The Quiet Cube | GPCD-1006 | 全8曲
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| 4th | 2017年12月20日 | Twelve Typewrite | GPCD-1007 | 全6曲
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ライブ会場限定
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 2012年11月2日 | Blue Shelter | GPCD-001 | 全5曲
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| 2015年11月28日 | ニュージャイロ | GPCD-1004 | 全1曲
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2015年11月、12月に開催した 「Get Myself Back Tour」東名阪ワンマンライヴにて 来場者特典として無料配布された非売品CD | |
| 2016年4月8日 | ローリングローリング / 無表情ワルツァー |
GPCD-1005 | 全2曲
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2016年4月に開催した 「Get Myself Back Tour -FINAL SERIES-」より 販売を開始するライヴ会場限定販売シングル | |
スプリットシングル
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 2019年1月9日 | Black’s ONE | TGUY-006 | 全3曲
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大阪の盟友LONEとのスプリットシングル |