ジローラモ・サンタクローチェ
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現在のナポリ県のノーラで生まれた。18世紀にナポリの芸術家の伝記を出版したベルナルド・デ・ドミニチ(Bernardo de' Dominici:1683-1759)によれば、商人の息子に生まれた。美術に熱中し、才能を認めた父親は、ナポリのマッテオ(Matteo)という彫刻家の工房にいれた[1]。画家のアンドレア・サバティーニ(Andrea Sabatini)の勧めでローマに修行に出て、古代ローマの遺物を研究し、ミケランジェロ・ブオナローティ(1475-1564)をはじめとする同時代の彫刻家たちと知り合った。デ・ドミニチの著書によれば、ローマで建築を学んだとされる。
ナポリに戻ると彫刻家として活動し、15歳の1517年にサンティッシマ・アンヌンツィアータ・マッジョーレ聖堂(Basilica della Santissima Annunziata Maggiore)の墓標を彫刻し、メルジェッリーナのサンタ・マリア・デル・パルト教会(Chiesa di Santa Maria del Parto a Mergellina)でジョヴァンニ・ダ・ノーラ(Giovanni da Nola:, 1488 – Napoli, 1558)の助手を務めた。 1520年には、カッラーラでスペイン生まれの彫刻家バルトロメ・オルドニェス(Bartolomé Ordóñez)と働いた。
1525年には、サン・ドメニコ・マッジョーレ教会(Basilica di San Domenico Maggiore)の礼拝堂の大理石彫刻を共同制作し、カポナポリのサンタニェッロ・マッジョーレ教会(Chiesa di Sant'Agnello Maggiore)の主祭壇も設計した。
1537年に35歳ほどでナポリで亡くなった。