ジーモン・パウリ
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ロストックに生まれた。父親はロストック大学の医学の教授で、後にデンマーク=ノルウェーの王妃、ゾフィー・フォン・メクレンブルクの侍医として、デンマークのニュクービン・ファルスタで働いたハインリッヒ・パウリで、シーモン・パウリもデンマークで育った。ロストック大学で学んだ後、オランダやフランスを旅した。ヴィッテンベルク大学で博士号を得た後、ロストック、リューベックで医師をした後、ロステック大学で教え、1639年に解剖学、外科学、植物学の教授となった。教えた学生にはニコラウス・ステノもいる。
解剖学の分野では解剖劇場"Domus anatomica"を1644年に設立した。植物学の分野では『デンマーク植物誌』(Flora Danica, det er: Dansk Urtebog (1648))や "Quadripartitum botanicum de simplicium medicamentorum facultatibus" (1639—40)などがある。『デンマーク植物誌』はノルウェーの植物を記載した最初の著作で、1753年からゲオルク・クリスティアン・エーダーらによって編集が始められた『デンマーク植物誌』に100年ほど先じんている。
リンネによってムクロジ科のガラナ属(Paullinia)に献名されている。