スコット・プロクター

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生年月日 (1977-01-02) 1977年1月2日(48歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
195 lb =約88.5 kg
スコット・プロクター
Scott Proctor
ヤンキース時代(2011年9月8日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州スチュアート英語版
生年月日 (1977-01-02) 1977年1月2日(48歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1998年 MLBドラフト5巡目
初出場 MLB / 2004年4月20日
KBO / 2012年4月8日
最終出場 MLB / 2011年9月28日
KBO / 2012年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

スコット・クリストファー・プロクター(Scott Christopher Proctor、1977年1月2日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州出身の元プロ野球選手投手)。

アマチュア時代

1995年ニューヨーク・メッツからドラフト17巡目(全体469位)で指名を受けるが、サインせず。

プロ入りとマイナー時代

1998年のMLBドラフトロサンゼルス・ドジャースからドラフト5巡目(全体23位)で指名を受け、契約した。

第一次ヤンキース時代

2003年7月21日にロビン・ベンチュラとの交換で、バッバ・クロスビーと共にニューヨーク・ヤンキースへトレードされた。

2004年にメジャーデビューを果たした。

2006年は、リーグトップとなる83試合に登板し、防御率も3.52という安定した数字を残した。

2007年もリリーフ投手として大車輪の働きを期待された。しかし近年ヤンキースでは誰もしなかった報復死球をするなど、チームへの貢献を評価する一方で品性が悪いという声もあり賛否両論があった。また、6月30日のオークランド・アスレチックス戦で、7回に1アウト走者なしから登板したものの、3安打3失点で1アウトしかとれずに降板。試合後、自分のグラブやユニフォームなど、「仕事道具」に火をつけて焼却する奇行を演じた。

ドジャース時代

2007年9月30日

2007年7月31日にウィルソン・ベテミーとのトレードでロサンゼルス・ドジャースに移籍。

2008年は長年の酷使が祟ってか故障に苦しみ、防御率はメジャー定着以来ワーストとなる6・05に終わり、10月にトミー・ジョン手術を受ける。

マーリンズ時代

2009年1月に1年75万ドルでフロリダ・マーリンズと契約したが、5月に再びトミー・ジョン手術を受ける。

ブレーブス時代

2009年11月4日にアトランタ・ブレーブスとスプリット契約を結ぶ。

2010年は主にAAA級グウィネットで過ごす。31試合の登板で4勝3敗、防御率7.08、WHIP1.75の成績を喫するが、9月にメジャーに昇格し、6試合に登板した。

2011年8月10日に解雇された。

第二次ヤンキース時代

2011年8月13日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ。傘下AAAスクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースでプレーした。9月1日に、メジャーに昇格。10月11日に、FAとなった。

斗山時代

2012年1月11日、KBOリーグ斗山ベアーズと契約した。斗山ではクローザーとして活躍、同年35セーブを記録し、韓国プロ野球の外国人投手の年間セーブ数記録(従来はブラッド・トーマスの31セーブ)を更新した。しかし7度のセーブ失敗など不安定な面も目立ったため、12月26日に自由契約となった。

オリオールズ傘下時代

2013年1月2日に、サンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだ。

3月29日に金銭トレードでボルチモア・オリオールズに移籍したが、メジャーリーグに昇格できず、この年限りで現役を引退した。

詳細情報

脚注

外部リンク

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