スザンネ・フォン・ナトゥジウス
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現在のザクセン=アンハルト州のケーニヒスボルン(Königsborn)で生まれた。父親のヴィルヘルム・フォン・ナトゥジウス(Wilhelm von Nathusius: 1821-1899)は地主で実業家の一族出身の動物学者で、スザンネは6人兄弟の3番目の子供であった。ケーニヒスボルンの邸宅で育ち家庭教師によって教育された[1]。
ベルリンの美術学校でゴットリープ・ビールマン(Gottlieb Biermann: 1824-1908)とカール・シュタウファー=ベルン(1857-1891)に学び、風景画家のユリウス・ヤコブ(Julius Jacob: 1842-1929)からも影響を受けた[2]。ベルリンの彫刻家のラインホルト・ベガス(1831-1911)とカール・ベガス(Karl Begas:1845–1916)の邸などに招かれ、ベルリンの美術家グループのなかで修行した。
パリに移り修行を続け、アカデミー・ジュリアンなどで学んだ。指導を受けた画家にはジャン=ポール・ローランスやカロリュス=デュラン、ジャン=ジャック・エンネルがいる[2]。フィレンツェに旅し、ラファエロの作品を研究した[3]。
ベルリンでの学生時代から肖像画や人物画を描き、肖像画家として働いた。経済的には恵まれた立場であったため、自由に注文やモデルを選ぶことができた。ベルリンとパリで展示会が成功し、2つの都市で顧客を見つけ、故郷に近いハレでも肖像画家として働いた。
1880年のベルリンのプロイセン王立美術アカデミーの展覧会や1893年のシカゴ万国博覧会の展覧会[4]、1900年のパリ万国博覧会の展覧会などに作品を出展した。
1929年にザクセン=アンハルト州のニートレーベン(Nietleben)で亡くなった。