スティーブン・シュワルツマン
From Wikipedia, the free encyclopedia
| スティーブン・シュワルツマン | |
|---|---|
| Stephen Schwarzman | |
| 初代 大統領戦略政策フォーラム議長 | |
| 任期 2017年1月20日 – 2017年8月16日 | |
| 大統領 | ドナルド・トランプ |
| 副大統領 | マイク・ペンス |
| 前任者 | ポジションの設置 |
| 後任者 | ポジションの廃止 |
| 個人情報 | |
| 生誕 | Stephen Allen Schwarzman 1947年2月14日(78歳) ペンシルベニア州フィラデルフィア |
| 国籍 | |
| 政党 | 共和党 |
| 配偶者 | エレン・フィリップス(1971 - 1990) クリスティン・ハースト(1995 - 現在) |
| 子供 | 2人(実子) 1人(継子) |
| 出身校 | イェール大学(学士) ハーバード大学(MBA) |
| 職業 | ブラックストーン 共同創業者 |
| 純資産 | 126億ドル(2018年) |
スティーブン・アレン・シュワルツマン(英: Stephen Allen Schwarzman、1947年2月14日 - )は、アメリカ合衆国の実業家、投資家。世界的な投資ファンドであるブラックストーン・グループの共同創業者で同社の会長、最高経営責任者を務める。
ペンシルバニア州でリネン製品の店を営む中産階級のユダヤ人家庭に生まれる[1][2]。
教育熱心な母により、治安の悪かったオックスフォード・サークルからハンティンドン・バレーへ引っ越す。
アビントン高校に進学する。陸上の短距離走で活躍し、リレーでは州大会優勝・全国大会4位の実績を残す。
第一志望のハーバード大学には補欠合格だったものの、その年は補欠対象者からの繰り上げはされず、結局第2希望のイェール大学に入学する事になる。[3]
母校のイェール大学では文化行動学を専攻する。最初は落ちこぼれていたが、教授の助けもあり、徐々に周りとの高校以前の教育の差を埋めていき、最後には学科の最優秀者になる。また、大学の陸上部に魅力を感じなかったためすぐに退部し、バレエ団の学内講演の誘致を・低所得地域向けの学費援助プログラムの設立・寮に女性が泊まる事を禁止する風紀規則の撤廃などの課外活動に勤しむ。これらの活動の功績を認められ、秘密結社スカル・アンド・ボーンズの一員に加わる事となる。また、後に大統領となるジョージ・W・ブッシュとは学友だった[4][5]。
イェール大学卒業後、ドナルドソン・ラフキン&ジェンレットという証券会社に入社する。
1970年1月、陸軍予備役の半年間の訓練を受ける。この時、シュワルツマンによる大佐への報告がきっかけで、軍幹部が訓練兵の食料を横流ししていたという不正が暴かれる。
1970年7月にハーバード・ビジネス・スクールに入学した[6]。途中で退学しかけるものの、学級の成績上位3名に選ばれる。
MBA所得後、リーマン・ブラザーズの投資銀行部門にアソシエイトとして入社する。後に、M&A部門の責任者にまで昇格する。
リーマンを退職後リーマンのCEOだったピーター・ピーターソンとともに、1985年にブラックストーン・グループを設立する。[7]
その後、世界最大のプライベート・エクイティ・ファンドに育て上げた[8]。