ステファン・バークレー

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ステファン・ポール・バークレー
Stephen Paul Barclay
イギリスの旗 ランカスター公領大臣
任期
2021年9月15日  2022年7月5日
首相ボリス・ジョンソン
前任者マイケル・ゴーヴ
後任者キット・モルトハウス英語版
イギリスの旗 欧州連合離脱大臣
任期
2018年11月16日  2020年1月31日
首相テリーザ・メイ
ボリス・ジョンソン
前任者ドミニク・ラーブ
後任者(役職廃止)
イギリスの旗 保健・社会福祉大臣
任期
2018年1月9日  2018年11月16日
首相テリーザ・メイ
前任者フィリップ・ダン
後任者ステファン・ハモンド
イギリスの旗 経済担当副大臣
任期
2017年6月14日  2018年1月9日
首相テリーザ・メイ
前任者サイモン・カービー
後任者ジョン・グレン
イギリスの旗 大蔵卿委員
任期
2016年7月17日  2017年6月14日
首相テリーザ・メイ
前任者ジョージ・ホリングベリー
後任者デービッド・ラトリー
イギリスの旗 庶民院議員
(北東ケンブリッジシャー選挙区選出)
就任
2010年5月6日
前任者マルコム・モス
得票差21,270 (39.9%)
個人情報
生誕ステファン・ポール・バークレー
(1972-05-03) 1972年5月3日(52歳)
イギリスの旗 イギリスリザム・セント・アンズ
政党保守党
配偶者カレン
子供3人
教育エドワード7世校
出身校ケンブリッジ大学ピーターハウス・カレッジ
専業弁護士
公式サイト公式サイト
兵役経験
所属国イギリスの旗 イギリス
所属組織 イギリス陸軍
軍歴1991年
最終階級少尉
部隊ロイヤル・フュージリアーズ連隊

ステファン・ポール・バークレー: Stephen Paul Barclay1972年5月3日 - )[1][2]は、イギリスの政治家。下院議員(北東ケンブリッジシャー選挙区選出)[3]保守党所属。

大蔵卿委員や経済担当副大臣を務めた後、2018年1月の内閣改造で保健・社会福祉相に就任した。同年11月に欧州連合離脱大臣ドミニク・ラーブが辞任すると、その後任に任命され、在任中にEU離脱を迎え同ポストは廃止された。その後はランカスター公領大臣首相官邸首席補佐官を務めた。

政治家としての経歴

ランカシャーで生まれ育った。父は労働組合やIT企業でフルタイムで勤務し、母もフルタイムの公務員であった[4]。スティーブンは3人兄弟の末っ子であるが、3人ともラグビーに取り組んだ[5]

リザム・セント・アンズインデペンデント・スクール、エドワード7世校で学んだ。同校を卒業後、ギャップ・イヤーを利用して5か月間サンドハースト王立陸軍士官学校に入校し、ロイヤル・フュージリアーズ連隊少尉に任官した[6][7]ケンブリッジ大学ピーターハウス・カレッジで歴史を学んだ後、チェスター法学院に進学し、1998年に弁護士資格を取得した[4]。バークレー家のなかで、大学まで進んだのはスティーブンが初めてであった。

ロンドンの大手法律事務所で見習い期間を終えた後、ロンドン取引所やアクサ、金融サービス機構 (FSA) 、バークレイズなどで勤務した[8]

1994年に大学卒業後、保守党に入党[9]。1997年の総選挙でマンチェスター・ブラックリー選挙区から、2001年の総選挙でランカスターおよびワイア選挙区からそれぞれ立候補したが、落選した。後者は500票差という惜敗であった[10]。2005年に保守党の新党首デービッド・キャメロンは、同党の支持基盤拡大を目的に多様な出自を持つ党員を選抜したが、バークレーはその「Aリスト」に名を連ねた。2007年には保守党員が多い社交クラブ「カールトン・クラブ」でのディナーパーティーの世話人となり、党の収入増に貢献した[8]。保守党はこの収益を、重点選挙区における政治活動にあてた。

2008年1月、北東ケンブリッジシャー選挙区選出のマルコム・モスが下院議員を辞任すると、その後任に選出された。その後、2010年5月の総選挙では1万6425票を得票し、初当選を果たした。総選挙後まもなく、政府支出を監査する会計委員会の委員に選ばれた[11]。保守系の政治ブログサイト「コンサバティブホーム」は、バークレーを、過去いかなる造反劇においても政権を支持し続けてきた、数少ない忠実な保守党若手議員のひとりと表現した[12]。2017年6月から2018年1月まで経済担当副大臣を務めた後、2018年7月に保健・社会福祉相に就任した[13]

2018年11月、欧州連合離脱相のドミニク・ラーブが辞任すると、その後任に任命された[14]。離脱相として、バークレーは離脱交渉よりも、国内の準備に傾注するだろうとの観測がなされた[15]。第一次ボリス・ジョンソン政権においても、バークレーは離脱相として留任した[16]。2020年1月31日にイギリスはEU離脱を果たし、欧州連合離脱省が廃止されたことに伴い、バークレーも大臣職を退任した[17]。2021年9月15日の内閣改造でランカスター公領大臣に就任[18]。2022年2月5日、ボリス・ジョンソン首相の首席補佐官に起用された[19]。同年7月5日には辞任したサジド・ジャヴィドの後継の保健・社会介護大臣に就任[20]

人物

脚注

外部リンク

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