ステラ・ヴァンデ
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デビューまで(ステラ時代)
ステラ・ヴァンデは、1950年12月12日生まれで、本名をステラ・ゼルセー(Stella Zelcer)と言った。両親はユダヤ人。ステラは1960年代に歌手としてデビュー、叔父のモーリス・コロンスリュプ(Maurice chorenslup)の音楽を元に、イエイエをパロディ化した歌を書いていたという。その当時は単にファースト・ネームのみでステラと名乗っていた。初めての45回転盤の録音は13歳の時で、これが評判となり、5年の間に12枚ほどのレコードを録音したというが、ステラ名義の活動は1969年で終わりを迎える。
70年代(マグマ加入)
1970年代の初め、ドラマーのクリスチャン・ヴァンデと結婚し、マグマに加入、バンドの女声ボーカルとして現在に至るまで在籍する(娘のジュリー出産時のみマグマでの活動を一時休止している)。マグマでのコバイア語名は「Organïk Kommandeür」。バンド活動の他、1978年には、フランス・ギャルのショー「Made in France」にコーラスとして参加している。80年代のマグマの活動休止後は、ソロ活動の他、クリスチャン・ヴァンデの新バンド、オファリングにも加入するなど、一貫して彼と活動を共にしている。
ソロ活動(ステラ・ヴァンデ名義)
1991年、子供時代以来初のアルバム『D'épreuves d'amour』を発表、これにはクリスチャン・ヴァンデやオファリングのミュージシャンが参加している。アルバムには、ジャズ・スタンダード・ナンバーの「ネイチャー・ボーイ (Nature Boy)」が収録されている。 また、ピアニストのリディア・ドマンシッチ(Lydia Domancich)のカルテットに参加し、2枚のアルバムを制作しているほか、パトリック・ゴーティエ(Patrick Gauthier、ex.マグマ)やピエール=ミッシェル・シヴァディエ(Pierre-Michel Sivadier)と言ったピアニストや、ベルトラン・ビネ(Bertrand Binet)やアレックス・フェラン(Alex Ferrand)といったギタリスト、シモン・グベール(Simon Goubert)やミッシェル・アルトマイエ(Michel Altmayer、トロール)といったドラマー、Odeurs de Ramon Pipinといったグループ、フレデリック・ブリエ(Frédéric Briet)といったベーシストとも共演している。
再婚相手のフランシス・リノンと共同で、セブンスレコードを1990年に設立、また2002年にはEx-Tensionというレーベルも設立している。リノンとの間には息子・マーカスが生まれ、彼は現在、マグマのPAやDVD編集を担当してる。