森鴎外は『ヰタ・セクスアリス』(発売禁止になった)『青年』『雁』などを掲載した。
石川啄木は創刊時から1年間にわたり同誌の発行名義人を務めており、その時期に『赤痢』『足跡』などの小説も発表したが、『足跡』は連載第1回が『早稲田文学』で「新らしい(原文ママ)作家らしい態度から見ると(木下)杢太郎氏や(与謝野)晶子氏の方がヅッと進んで居る」と評されて続けるのを断念し、『葉書』に対して雑誌『新声』で「何処といって取柄のない小説で、別に取立てて評する程の価値もなさそうだ」と酷評されるなど、小説家としての評価を得ることはできなかった[2]。