スパンカー
From Wikipedia, the free encyclopedia
| スパンカー | |
|---|---|
| 欧字表記 | Spanker |
| 品種 | サラブレッドまたはアラブ系 |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1675年(1670, 1678年とも) |
| 父 | ダーシーズイエローターク |
| 母 | オールドモロッコメア |
| 母の父 | フェアファックスモロッコバルブ |
| 生国 |
|
| 生産者 | 第2代バッキンガム公 |
| 馬主 |
第2代バッキンガム公 →チャールズ・ペルハム |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 不明 |
スパンカー(Spanker、またはオールドスパンカー〈Old Spanker〉、ペルハムズベイアラビアン〈Pelham's Bay Arabian〉、1675年 - ?)は、17世紀後半にイギリスで活躍した競走馬、種牡馬。初期のサラブレッドに強い影響を与えた。馬名は英語で「帆の一種」あるいは「駿馬」の意。
ジェネラルスタッドブックなどは、1675年頃に第2代バッキンガム公ジョージ・ヴィリアーズが生産したとする(異説ではチャールズ・ペルハムの生産)。18世紀の同名馬と区別する際は、オールドスパンカーやバッキンガム公のスパンカーと呼ぶ。父ダーシーズイエローターク(Darcys Yellow Turk)は1670年頃に輸入された馬で、母オールドモロッコメア(Old Morocco Mare)は、輸入種牡馬フェアファックスモロッコバルブ(Fairfax's Morocco Barb)と6号族始祖オールドボールドペグ(Old Bald Peg。1640年頃の生まれか)の間に生まれた牝馬である。
競走成績の詳細は不明だが、主にニューマーケットで走っていた。優れた馬だったことは確かで、チャールズ2世(在位:1660年 - 1685年)の統治下でもっともよい馬という。1687年にバッキンガム公が死亡した後はチャールズ・ペルハムが購入した。この時期、少なくとも12頭の産駒を残した。スパンカーのもう1つの馬名ペルハムズベイアラビアンは、この時の馬主と毛色、アラブ色の強い血統に由来している。
産駒は、3頭の牡馬と少なくとも9頭の牝馬がジェネラルスタッドブックに記録されている。ケアレス(Careless)とヤングスパンカー(Young Spanker)は競走馬として活躍し、牝馬のうち2頭は27号族と42号族の始祖となった。その他、いわゆる三大始祖の後継種牡馬となったジグ(Jigg、母父がスパンカー)、バートレットチルダーズ(Bartlet's Childers、母がスパンカーの2×3を持つ)、ケード(Cade、やや遠いが母母母母父がスパンカー)といった種牡馬の血統中にもスパンカーの名を見つけることができる。