2007年5月、ニジェール民主社会主義党(PNSD)などの野党勢力により、アマドゥ内閣に対する内閣不信任決議案が提出された。これは、教育基金の資金をアマドゥ首相が横領したという主張の元に出された決議案で、野党勢力のみならず、連立相手のCDSからも非難された。同年5月31日、内閣不信任決議案は可決され、6月7日にアマドゥ内閣は正式に崩壊した。ママドゥ大統領は同日、ウマルを新首相に任命し、組閣を要請したが、これは設備担当相として政権の高位にあり、なおかつMNSDの党員であるという立場を買われてのものだった。6月9日、ウマルを含む32名の閣僚を抱えるウマル内閣が発足した。
ウマルは国営企業の民営化、インフラ整備、保健事業の拡大、そして反政府勢力に対する厳しい対決姿勢を示し、首相の就任宣誓を行なった。2008年11月には、MNSD議長に就任した。
ウマルは2009年10月20日に予定されている議会選に出馬するため、同年9月23日に辞職。正式な後任首相は即座には任命されず、アルバーデ・アブーバ内相兼MNSD書記長が首相代行を務めることとなったが、第二次アマドゥ内閣で財務相を務めたアリー・バジョ・ガマティエ(MNSD党員)が10月2日に正式な後任首相に就任した。