セウォリス・シャーリー (1709-1765)
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初代フェラーズ伯爵ロバート・シャーリーの十四男として[1]、1709年10月19日に生まれ、11月8日に洗礼を受けた[2]。フェラーズ伯爵と2人目の妻セリナ(1681年4月7日洗礼 – 1762年3月20日、ジョージ・フィンチの娘[3])の間では四男にあたる[1]。
1742年3月、ブラックリー選挙区(英語版)の補欠選挙に出馬して、無投票で庶民院議員に当選した[4]。ブラックリーは初代ブリッジウォーター公爵スクループ・エジャートンが掌握しており、現職議員ジョージ・リー(英語版)が官職就任に伴う出直し選挙で公爵に再選を拒否されたことで、シャーリーに白羽の矢が立った[1]。これにより、シャーリーは議会で野党に同調して投票した[1]。しかし1747年イギリス総選挙で再選した際、公爵が死去しており、未成年(21歳未満)の2代公爵ジョンに代わってその継父であるサー・リチャード・リトルトン(英語版)がブラックリーでの影響力を行使したため、シャーリーはリトルトンの政見に従い、議会で与党に同調した[1]。
1746年よりオーフォード伯爵夫人マーガレット・ウォルポール(英語版)と同居しており、1751年に第2代オーフォード伯爵ロバート・ウォルポールが死去すると、シャーリーとマーガレットは同年5月25日に結婚した[1]。マーガレットはロール家(Rolle)の相続人でもあり、コーリントン選挙区(英語版)を掌握していたため、1754年イギリス総選挙でシャーリーをコーリントンにて無投票で当選させた[5]。しかし選挙からわずか2か月後の1754年6月に2人が別居したため、子供をもうけることはなかった[6]。
マーガレットはシャーリーに自身の財産が分与されないよう用心深く手を打ち、最終的には1756年6月の合意において、シャーリーがマーガレットの権利による称号などをすべて放棄する代償として毎年750ポンドを与えることで決着した[6]。もっとも、彼女はフィレンツェの住処に戻る際、在フィレンツェイギリス領事の初代準男爵サー・ホレス・マン(英語版)にそのからくりを説明した[6]。すなわち、1756年6月22日に合意に署名することで、最初の支払いが翌年の受胎告知の日(西暦の3月25日にあたる。イングランドの四季支払日の1つ)になり、支払いをできるだけ遅らせる形になるという[6]。マーガレットの友人ジョージ・ドディントンはマンにマーガレットとシャーリーの仲をとりなすよう求め、マンもそれを試みたが、失敗に終わった[6]。
1761年イギリス総選挙をもって議員を退任した後、1765年10月31日に死去した[6]。
出典
- 1 2 3 4 5 6 7 Sedgwick, Romney R. (1970). “SHIRLEY, Hon. Sewallis (1709-65).”. In Sedgwick, Romney (ed.). The House of Commons 1715-1754 (英語). The History of Parliament Trust. 2026年2月24日閲覧.
- ↑ Shirley, Evelyn Philip (1873). Stemmata Shirleiana; or the Annals of the Shirley Family (英語) (2nd ed.). Westminster: Nichols and Sons. p. 169.
- ↑ Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary; Doubleday, H. Arthur, eds. (1926). The Complete Peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Eardley of Spalding to Goojerat) (英語). Vol. 5 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press. pp. 331–332.
- ↑ Sedgwick, Romney R. (1970). “Brackley”. In Sedgwick, Romney (ed.). The House of Commons 1715-1754 (英語). The History of Parliament Trust. 2026年2月24日閲覧.
- ↑ Namier, Sir Lewis (1964). “Callington”. In Namier, Sir Lewis; Brooke, John (eds.). The House of Commons 1754-1790 (英語). The History of Parliament Trust. 2026年2月24日閲覧.
- 1 2 3 4 5 6 Newman, A. N. (1964). “SHIRLEY, Hon. Sewallis (1709-65).”. In Namier, Sir Lewis; Brooke, John (eds.). The House of Commons 1754-1790 (英語). The History of Parliament Trust. 2026年2月24日閲覧.
| グレートブリテン議会(英語版) | ||
|---|---|---|
| 先代 ジョージ・リー(英語版) サー・ポール・メシュエン |
庶民院議員(ブラックリー選挙区(英語版)選出) 1742年 – 1754年 同職:サー・ポール・メシュエン 1742年 – 1747年 サー・リチャード・リトルトン(英語版) 1747年 – 1754年 |
次代 マーシュ・ディキンソン(英語版) トマス・ハンバーストン |
| 先代 エドワード・ベーコン ホレス・ウォルポール閣下 |
庶民院議員(コーリントン選挙区(英語版)選出) 1754年 – 1761年 同職:ジョン・シャープ 1754年 – 1756年 フェイン・シャープ 1756年 – 1761年 |
次代 リチャード・スティーブンス(英語版) フェイン・シャープ |