セシル・グールド
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ロンドンで生まれた。父親は、海軍の将校で、航海時計の歴史に関する著作のあるルパート・グールド(1890-1948)である。グールドが9歳の時、両親は離婚し 母親と暮らした。1939年にコートールド美術研究所で研究を始めたが、第二次世界大戦の始まり、学位を取得することはできなかった。第二次世界大戦中はイギス空軍情報部のパイロットとして勤務し、1941年から1943年の間はエジプトに赴任し、その後はノルマンディーで勤務した。1945年の初め、連合軍の民政部・軍政部の指揮下で戦地の文化財保護を支援する部署で働いた。
1946年からナショナル・ギャラリーに勤務し、1987年まで働き、最後の5年間は副館長を務めた。ナショナル・ギャラリーを退職した後、ウエスト・ドーセットのソーンコムで暮らした[2] 。多数の著作を残した。
特筆すべき業績としては、1970年に、それまで模写ではないかとされていたナショナル・ギャラリー所蔵の『教皇ユリウス2世の肖像』がラファエロの真筆であることを立証したこどなどがある[3]。
1994年にサマセットのChardで亡くなった。
