セメント町 (津久見市)
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歴史
津久見市では、胡麻柄山をはじめとする山地の豊富な石灰石資源と、深度が深い天然の良港である津久見港を活かして古くからセメント産業が盛んであり、1917年(大正6年)10月に桜セメント九州工場が開設されたのを皮切りに、1919年(大正8年)11月に大分セメント、1934年(昭和9年)に太平セメントが相次いでセメント生産を開始し、セメント産業が市が中心産業となった。これら各社は大分セメントを中心に相次いで合併し、最終的には1938年(昭和13年)7月に小野田セメント(後の秩父小野田セメント、太平洋セメント大分工場津久見プラント、現太平洋セメント大分工場)に統合された[6]。
現在のセメント町は、かつては大字下青江のうち松崎及び警固屋(けごや)の一部であったが、1967年(昭和42年)4月1日に住居表示が実施された際に、セメント工場にちなんでセメント町という町名になった[7][8]。
施設
郵便局
- 津久見青江郵便局
寺社
- 蓮照寺
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りである[9]。
| 町名 | 区域 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| セメント町 | 全域 | 津久見市立青江小学校 | 津久見市立第二中学校 |
