セラフィーヌの庭
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| セラフィーヌの庭 | |
|---|---|
| Séraphine | |
| 監督 | マルタン・プロヴォスト |
| 脚本 |
マルタン・プロヴォスト マルク・アブデルヌール |
| 製作 |
ミレーナ・ポワロ ジル・サクト |
| 音楽 | マイケル・ガラッソ |
| 撮影 | ロラン・ブリュネ |
| 編集 | ルド・トロフ |
| 配給 |
|
| 公開 |
|
| 上映時間 | 126分 |
| 製作国 |
|
| 言語 |
フランス語 ドイツ語 |
| 興行収入 | $9,000,906[1] |
『セラフィーヌの庭』(セラフィーヌのにわ、Séraphine)は、2008年のフランス・ベルギー映画。フランスの女流画家であるセラフィーヌ・ルイの生涯を描いた伝記映画である。
2008年度のセザール賞では7部門を制した。
身寄りもなく学もないセラフィーヌは、パリ郊外の緑豊かなサンリスで家政婦として働きながら、絵を描くことに没頭する日々を送っていた。40歳を過ぎてから守護天使のお告げで始めたというその絵画は、絵具の各色を全て身近な自然の素材から手作りし、作れない白色だけを買うという独自のものだった。
1912年、セラフィーヌの勤め先の家に画商のヴィルヘルム・ウーデが間借りをした。ウーデは草花を描きつつも独自の激しさを持つセラフィーヌの絵画に惚れ込んだ。しかし、1914年に第一次世界大戦が始まると、ドイツ人のウーデはフランスを離れざるを得なくなった。
1927年、フランスに戻ったウーデは、音信不通だったセラフィーヌの居所を捜し当てた。老いて仕事が減ったセラフィーヌは、苦しい生活の中でも絵を描き続け、腕を上げていた。ウーデから経済的援助を受けたセラフィーヌは、小娘のようにはしゃいで高価な品物を買いまくり、個展のための絵画制作に打ち込んだ。しかし、世界は大恐慌の時代に突入していた。ウーデにはセラフィーヌの散財を支える力はなく、個展の計画も延期となった。
大切な個展の延期は、純真なセラフィーヌの理解を越える出来事だった。ウーデの真意を疑ったセラフィーヌは精神を病み、療養施設に収容された。もはや絵も描かず、一生を施設で送るしかないセラフィーヌのために、ウーデに出来ることは、画商としてその絵を世に出すことだけだった。
原作は、F・クロアレク『セラフィーヌ』(山形梓訳、未知谷)。
キャスト
- セラフィーヌ: ヨランド・モロー
- ウーデ: ウルリッヒ・トゥクル
- アンヌ・マリー: アンヌ・ベネント
- デュフォ夫人: ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ
- 女子修道院長: フランソワーズ・ルブラン
- ヘルムート: ニコ・ログナー
- デュバル: セルジュ・ラヴィリエール
- ミヌーシュ: アデライード・ルルー
受賞・ノミネート
| 賞 | 部門 | 候補者 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 第44回全米映画批評家協会賞 | 主演女優賞 | ヨランド・モロー | 受賞 |
| 第35回ロサンゼルス映画批評家協会賞 | 主演女優賞 | ヨランド・モロー | 受賞 |
| 第22回ヨーロッパ映画賞 | 主演女優賞 | ヨランド・モロー | ノミネート |
| 第34回セザール賞 | 作品賞 | 受賞 | |
| 監督賞 | マルタン・プロヴォスト | ノミネート | |
| 主演女優賞 | ヨランド・モロー | 受賞 | |
| 脚本賞 | マルク・アブデルヌール マルタン・プロヴォスト |
受賞 | |
| 音楽賞 | マイケル・ガラッソ | 受賞 | |
| 撮影賞 | ロラン・ブリュネ | 受賞 | |
| 音響賞 | フィリップ・ファンデンドリス エマニュエル・クロゼ イングリッド・ラレット |
ノミネート | |
| 美術賞 | ティエリー・フランソワ | 受賞 | |
| 衣装デザイン賞 | マデリーン・フォンテーヌ | 受賞 | |