セラヴ条約
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セラヴ条約(セラヴじょうやく、ペルシア語:عهدنامه سراب、トルコ語:Serav Antlaşması)は、オスマン・サファヴィー戦争後にオスマン帝国とサファヴィー朝ペルシアとの間で結ばれた条約。1618年9月26日にセラブで署名された。
戦闘
オスマン帝国の大宰相、オクズ・カラ・メフメト・パシャは、ナスフ・パシャ条約で放棄したばかりのエレバン(現在のアルメニア)の攻略を試みたが、思うようにいかず44日で包囲を解除した。後を継いだダマト・ハリル・パシャがアルダビールに狙いを定めると、今度はアッバース1世が和平を求めた。