セントフラスキン
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| セントフラスキン | |
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| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1893年 |
| 死没 | 1914年8月25日 |
| 父 | セントサイモン |
| 母 | イサベル |
| 生国 |
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| 生産者 | レオポルド・ド・ロスチャイルド |
| 馬主 | レオポルド・ド・ロスチャイルド |
| 調教師 | アルフレッド・ヘイホー |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 11戦9勝 |
| 獲得賞金 | 32,960UKポンド |
セントフラスキン (St. Frusquin) とは、19世紀末に活躍したイギリスの競走馬、種牡馬である。
父セントサイモン (St. Simon) は前年までにリーディングサイアーを6回獲得し、産駒のクラシック獲得数が9に達する大種牡馬であったが、この世代以前の活躍馬は極端に牝馬に偏っており、クラシックを勝った馬は全て牝馬であった。セントフラスキンが牡馬としては初めてのクラシックホースである。
おもな勝ち鞍に2000ギニー、エクリプスステークス、ミドルパークステークスなど。同父で同世代のパーシモン (Persimmon) とはライバル関係にあった。ミドルパークステークス、プリンセスオブウェールズステークスでパーシモンを下している一方、ダービーでは僅差の2着に敗れている。
エクリプスステークスを勝ったあとはセントレジャーを目指したが、故障で引退。生涯成績は11戦9勝。セントサイモン産駒3番目に稼いだ馬であり、獲得賞金は32,960UKポンドに達した。
引退後は種牡馬となり、ロスチャイルド家のもとで供用された。産駒に二冠馬セントアマン (St. Amant) などの活躍馬が出て、セントサイモンの後継種牡馬の一頭としての地位を確立した。1903, 1907年にはイギリス・アイルランドの首位種牡馬となった。
父系子孫はすでにサラブレッドとしては滅んでいるが、セイントジャスト (Saint Just) の孫オレンジピール (Orange Peel) の子孫が馬術競技分野で繁栄している。
- 1895年(2歳時)6戦5勝2着1回
- 1着 - ミドルパークステークス、デュハーストステークス
- 1896年(3歳時)5戦4勝2着1回
- 1着 - エクリプスステークス、2000ギニー、プリンセスオブウェールズステークス、2着 - ダービー