ゼファー (バンド)
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| ゼファー Zephyr | |
|---|---|
| 出身地 |
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| ジャンル | ハードロック、ブルースロック |
| 活動期間 | 1958年 - 1972年、1982年 |
| レーベル | ABC、ワーナー、Red Sneakers、BGO、ワン・ウェイ |
| 旧メンバー |
デヴィッド・ギヴンズ キャンディ・ギヴンズ トミー・ボーリン ロビー・チェンバレン ジョン・ファリス ボビー・バージ ダン・スミス ジョック・バートリー マイケル・ウッテン オーティス・テイラー ロッキー・ドゥアルテ ジョン・オリヴァー ジョン・アルフォンス エディ・ターナー メリー・スチュワート ビリー・"ケックス"・ラックマン |
ゼファー(Zephyr)は、1968年にコロラド州ボルダーで、ギタリストのトミー・ボーリン、キーボードのジョン・ファリス、ベースのデヴィッド・ギヴンズ、ドラマーのロビー・チェンバレン、そしてボーカリストのキャンディ・ギヴンズによって結成されたアメリカのハードロック・バンド。バンドのファースト・アルバム『驚異のゼファー登場』(バスタブ・アルバムとも呼ばれる[1])は、ABC/プローブから1970年3月14日にリリースされ、Billboard 200チャートで48位にランクインした[2]。ゼファーは1970年1月31日に放送された『アメリカン・バンドスタンド』に出演し、「Cross the River」をリップシンクで演奏した[3]。キャンディ・ギヴンズによるカリスマ的なパフォーマンスがバンドの目玉だったが、バンドの最も記憶に残るものはボーリンの派手なギターワークである[4] 。
2枚目のアルバム『ゴーイング・バック・トゥ・コロラド』をリリースした後にボーリンが脱退し、代わってジョック・バートリーがバンドに加入して、ワーナー・ブラザース・レコードからの2枚目となるアルバム『Sunset Ride』をレコーディングした。『Sunset Ride』で、キャンディ・ギヴンズは歌手、作曲家、そしてハーモニカ奏者としての才能を存分に発揮した。アルバムのプロデュースはデヴィッド・ギヴンズが担当し、ほとんどの曲を手掛けた。ゼファーでの活動を経て、バートリーはグラム・パーソンズやファイアフォールで成功を収めた。ドラマーのマイケル・ウッテンはキャロル・キングと数年間共演し、ジャム・バンド「レフトオーバー・サーモン」の創設メンバーも務めた。ウッテンの後任にはビリー・ラックマン(通称ビリー・ケックス)が就任。ゼファーは様々な形態でコロラド州で活動を続けたが、キャンディ・ギヴンズが1984年1月27日、ボルダーにて薬物とアルコールの過剰摂取により37歳で亡くなった。1982年にリリースされた「Heartbeat」は、初期のコンピュータ・アニメーションと実写を組み合わせたミュージックビデオで宣伝された。
ゼファーの他のメンバーには、1970年代半ばにベースを担当したオーティス・テイラー、ケニー・ウィルキンス(ドラム)、ジョン・オリヴァー(ドラム)、ギタリストのザック・スミス(スキャンダルの創設者)、そして1980年代初頭のバンドの最後のバージョンでギターを担当したエディ・ターナーがいる。キャンディとデヴィッド・ギヴンズ、ボーリン、ファリスは、ビリー・ラックマンもメンバーだったレジェンダリー・フォーニケイターズ(Legendary 4Nikators)の創設メンバーであった。テイラーとターナーは後にバンドへと加わった。テイラーは「Leader of the Pack」をステージ上でオートバイによって演奏したり、キルトを着てパフォーマンスしたりしたことで知られ、ターナーはジミ・ヘンドリックスの曲を演奏したことで知られている。ビリー・ラックマンは1979年と1980年にドラムを担当した。
2014年、デヴィッド・ギヴンズとレコード・プロデューサーのグレッグ・ハンプトンは、アルバム『驚異のゼファー登場』のリマスター盤、ライブ音源を収録した2枚のアルバム(そのほとんどが未発表)、そしてギヴンズによるライナーノーツと彼の個人コレクションからの写真を掲載したブックレットを収録した限定版ボックスセットをリリースした。バンドは、2019年にコロラド音楽の殿堂入りを果たした[5]。