ソリガリチ
From Wikipedia, the free encyclopedia
ソリガリチは塩水の泉が湧き岩塩が採掘される製塩の町として誕生し、ここで産出される塩はロシアのみならずスカンジナビアでも重宝された。この地の製塩は、1335年、イヴァン1世の遺した文書の中で「ソリ=ガーリツカヤ」(Соль-Галицкая、ガーリチの塩)の名で記録にはじめて現れている。
14世紀末には製塩業はモスクワ大公ドミートリー・ドンスコイの孫でガーリチ公のドミートリー・シェミャーカの一族の手に入った。この事業は彼に大きな利益をもたらし、モスクワ大公の座を巡る争いの資金源となった。1450年、ガーリチもソリガリチもついにモスクワ大公ヴァシーリー2世により制圧された。
16世紀には製塩業はセルギエフ・パサードの至聖三者聖セルギイ大修道院およびその他5つの修道院により手がけられていた。この時期、ソリガリチはカザン・ハン国やウドムルト人に何度も襲われている。
動乱時代の最中の1609年、ソリガリチはロシア・ポーランド戦争に伴いロシアに侵入したポーランド軍により略奪を受けている。1649年には大火がおこり、当時木造の街は全焼した。17世紀末にかけて半ダースほどの聖堂がレンガ造りで再建され、今日まで残っている。
1708年、ソリガリチはアルハンゲリスク県の一部となった。1778年にはソリガリチは市となった。コストロマ県が独立しソリガリチは郡の中心地となっている。1808年にも大火が町を焼いており、その後に聖堂などが再建されている。1823年には岩塩が枯渇し、以後は製材や鍛冶の町となった。
