ゾフィー・ドロテア・フォン・プロイセン
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死去
1765年11月15日(46歳没)
神聖ローマ帝国
ブランデンブルク=シュヴェート辺境伯領、シュヴェート
ブランデンブルク=シュヴェート辺境伯領、シュヴェート
| ゾフィー・ドロテア Sophie Dorothea | |
|---|---|
| ホーエンツォレルン家 | |
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アントワーヌ・ペーヌ画、1730年 | |
| 出生 |
1719年1月25日 |
| 死去 |
1765年11月15日(46歳没) ブランデンブルク=シュヴェート辺境伯領、シュヴェート |
| 埋葬 |
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| 配偶者 | フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ブランデンブルク=シュヴェート |
| 子女 | 一覧参照 |
| 父親 | フリードリヒ・ヴィルヘルム1世 |
| 母親 | ゾフィー・ドロテア・フォン・ハノーファー |
ゾフィー・ドロテア・マリー・フォン・プロイセン(Sophie Dorothea Marie von Preußen, 1719年1月25日 - 1765年11月15日)は、プロイセンの王族。
プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世のその妃のイギリス王女ゾフィー・ドロテアの間の4女で、フリードリヒ2世大王の妹。同族のブランデンブルク=シュヴェート辺境伯フリードリヒ・ヴィルヘルムに嫁した。
