ダイビング・ホース
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ダイビング・ホースは20世紀初頭のアメリカで人気を博したアトラクションである[1]。ときに60フィートもの高さから、馬が水面へと跳び込むショーであった[2]。
この馬がダイブをおこなうというショーは射撃の名手であったウィリアム・フランク・カーバ―によって「発明」された。伝えられるところでは、1881年にカーバ―がネブラスカ州のプラット川にかかる橋を渡っていたときのことである。この橋は一部が崩落していて、カーバ―の乗る馬が川に落ちてしまったのだが、この出来事によりカーバ―はダイブする馬という出し物のインスピレーションを得た。カーバ―は様々な動物を調教し、巡業にでた。彼の息子アル・フロイド・カーバ―がタラップとやぐらを建て、娘のロリーナ・カーバ―がダイビング・ホース最初の騎手となった。1924年にはソノラ・ウェブスターがショーに加わった(後にソノラはアル・フロイド・カーバ―と結婚している)。そしてこのショーはアトランティックシティの人気スポットであるスチール・ピアで常設の催しとなった。ここでソノラとアル、ロリーナはカーバ―の死後もショーを引き継いでいった。
1931年、愛馬のレッド・リップス号に乗ったソノラはバランスを崩して桟橋から転落し、一命こそとりとめたものの網膜剥離の末に失明してしまった。しかしソノラは失明後もこのダイビング・ホースを続け、その生涯は彼女の回想録をもとに1991年に映画化された[3]。
動物福祉
桟橋の荷重
アトランティックシティのスチール・ピアには大西洋の水位の変化をモニタリングするための計測装置がそなえられていた。しかし、ピア(桟橋)の水位はダイビング・ホースを見に来た人々の体重に影響を受けて変化していた。1929年から1978年までの記録だが、ダイビング・ホースが休止状態の1945年から1953年を例外として、常に見物人がいるためにピアが砂底へごくわずかに沈み込むことで計測上の水位は上昇していた[6]。