ダニエル・ジェームス
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シカゴの治安の悪い地域で育ち、5歳から15歳までボクシング、学生時代はバスケットボールに取り組む[1]。格闘技を通じて規律を学び、ボディガードやフィットネストレーナーとして活動[1]。
2014年にBellatorで総合格闘家としてプロデビュー後、LFAやACAなどに出場[1]。強打を武器に数々のTKO勝利を挙げるも、体重超過やドーピングでの失格や出場停止も経験[1]。2024年にはPFLでゴルムにTKO勝利するも、ドーピングにより2025年1月まで出場停止となった[1]。
2025年5月4日にRIZINが開催したRIZIN男祭りで行われたヘビー級トーナメントに出場。1回戦でマレク・サモチュクと対戦し、0-3の判定負け。前日計量で契約体重を800gオーバーしたが、超過体重が1.00kg未満のため特別規定に則りノーコンテストを適用せずにトーナメント公式戦として試合を実施し、レッドカード提示による減点50のペナルティを課された[2]。