ダニエル・ペトリック
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ダニエル・ペトリック | |
|---|---|
| 生誕 | 1991年8月24日(33歳) |
| 国籍 | アメリカ合衆国 |
| 職業 | 高校生 |
| 罪名 | 殺人 |
| 刑罰 | 終身刑、23年間は仮釈放を与えない |
| 犯罪者現況 | 服役中 |
| 親 |
父:マーク・ペトリック 母:スーザン・ペトリック |
| 有罪判決 | 2009年1月12日 |
| 殺人 | |
| 被害者数 |
スーザン・ペトリック(死亡)、 マーク・ペトリック(負傷) |
| 時期 | 2007年10月20日 |
| 国 | アメリカ合衆国 |
| 州 | オハイオ州 |
| 現場 | ウェリントン |
| 死者 | スーザン・ペトリック |
| 負傷者 | マーク・ペトリック |
| 凶器 | 9mm タウラスPT92 |
逮捕日 | 2007年10月20日 |
ダニエル・ペトリック(Daniel Petric、1991年8月24日 - )は、オハイオ州ウェリントン出身の受刑者。
16歳のときに、ペトリックはコンピュータゲームをめぐって言い争いになった両親を銃撃した。母親は死亡し、父親は重傷を負ったが、後に回復した[1]。
ダニエルと両親の口論は、両親がXbox 360のゲーム『Halo 3(ヘイロー3)』の購入を禁じたことからはじまった。ペトリックの姉ヘイディ (Heidi) の法廷における証言によると、元々ダニエルは、水上バイクの事故で負った怪我のためにブドウ球菌による感染症を発症して家から出られなくなるまで、ゲームはしていなかったという[2]。ダニエルは友人のジョンソン家 (the Johnsons) で『Halo』に出会い、自分でもこれをもちたいと思うようになった[3]。父マーク・ペトリック (Mark Petric) は、ウェリントンの the New Life Assembly of God 教会の牧師であった[2]。両親はふたりとも、息子が、成人向けに指定されている暴力的なゲームをプレイすることに反対しており、ダニエルにふさわしいものでは全くないと考えていた。父マークの証言によれば、ある夜、ダニエルは家を抜け出し、両親のいずれも知らないうちにゲームを買ってきた[2]。家にいるとき、ダニエルは、時には18時間もぶっ続けで、休みなしにゲームをプレイし続けていたという[3]。ある日、ゲームをしていたダニエルを母スーザン (Susan) が捕まえ、これを父マークに告げたところ、マークは、両親の意に反してゲームを買ったことを咎めてダニエルからゲームを取り上げた。マークは、取り上げたゲームを、鍵の架かる金庫に仕舞い込んだが、そこには9mm口径の拳銃トーラス PT92も隠してあった[2]。
