ダニエル・ヴァルデンストロム
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富についてのナラティブ
経済史の実証研究を通して、富に関するナラティブについて主に3点を論じた。
- 平均実質所得の成長:過去130年の西欧世界において、1人当たりの平均実質所得は成長している。特に第2次世界大戦後には国民の平均純資産が大きく増加しており、1950年から2020年に7倍になった[1]。
- 私有財産の資産構成の変化:20世紀初頭の西欧世界の資産は主として農業資産と事業資産で、富裕層に集中していた。今日では多くが住宅と年金積立金に紐づいており、資産は大衆の間で均等に分布している。かつてエリートに集中していた富は、平均的な家計に分散する状態に移っている[2]。
- 富の大平等化:西欧世界の富の不平等は、過去1世紀で大幅に縮小した。かつては最も富裕な1%が最も貧しい90%の4倍の富を所有していたが、2010年時点では底辺の90%はトップ1%の2倍の富を所有している。最も貧しい層の実質純資産の成長率は、最富裕層を上回っている。アメリカ合衆国はヨーロッパほど平等化が進んでおらず、近年では富の集中や不平等の観点からみると後退すらしている[3]。
上記のような変化の原因について、20世紀の制度変化を挙げている。民主化による普通選挙の導入、教育の普及、労働者の権利向上が労働者の生産性を引き上げ、他方で金融サービスが発達して自宅購入のローンが容易になり、寿命が延びることによって退職に向けた貯蓄や年金積立金の蓄積が進んだ。この他にも、制度的発達として国境を超えた資本フローと社会保障の登場がある[4][5]。これらの主張は、著書『資産格差の経済史』(2024年)において記述されている[6]。
富と不平等の歴史についての先駆的な研究として、サイモン・クズネッツの研究、レイモンド・ゴールドスミスの国富に関する歴史的バランスシート『Comparative National Balance Sheets』(1985年)、アンソニー・アトキンソンとアラン・ハリソンによる富の不平等の進化についての共著『Distribution of personal wealth in Britain』(1978年)、ブランコ・ミラノヴィッチが過去数世紀の世界の不平等について分析した『不平等について』(2010年)などをあげている[7]。
平等化についての議論
ヴァルデンストロムは自身の研究にもとづいて、トマ・ピケティの主張に反論をした[注釈 1]。ヴァルデンストロムがまとめたピケティのナラティブは、「ヨーロッパの資本価値は第1次大戦までが高く、富/所得比率は2つの世界大戦による資本へのショックにともなって下降し、戦後も低いままに止まった。1980年代から1990年代の政策転換によって富の価値が復活して長期的なU字パターンが生じた」となる。ヴァルデンストロムは西欧世界で平等性が高まった原因について、次のようにピケティに反論した[8][4]。
- 不平等は19世紀のヨーロッパで進行したのではなく、18世紀から19世紀にかけて拡大し、1900年前後に最高となった[8]。
- 第2次世界大戦中と直後に最富裕層の富のシェアが落ちたのは、すべての集団で富の価値が上がり、エリート層の豊かさ以上に人々が繁栄したためである[8]。
他方で、ピケティが格差の縮小をもたらしたとする累進課税の効果や、相続税の重要性についてはヴァルデンストロムは名言を避けている[8][9]。ピケティが富裕層や資本への課税を重視するのに対して、ヴァルデンストロムは資本所得への課税や、福祉、医療、介護、教育などの公共サービスによる再分配を重視する[4]。
主な著作
単著
- Lifting All Boats?: The Evolution of Income and Wealth Inequality over the Path of Development, Department of Economic History, Lund Unviersity, 2009
- Richer and More Equal: A New History of Wealth in the West, Polity, 2024,
- 『資産格差の経済史』立木勝訳、みすず書房、2025年。
共著
- Sick of Inequality?: An Introduction to the Relationship between Inequality and Health, Edward Elgar, 2016