ダヤ・ベダノワ
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| 基本情報 | ||||
| 愛称 | ダヤ | |||
| 国籍 |
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| 出身地 | 同・オストラヴァ | |||
| 生年月日 | 1983年3月9日(42歳) | |||
| 身長 | 171cm | |||
| 体重 | 54kg | |||
| 利き手 | 右 | |||
| バックハンド | 両手打ち | |||
| ツアー経歴 | ||||
| デビュー年 | 2000年 | |||
| 引退年 | 2005年 | |||
| ツアー通算 | 2勝 | |||
| シングルス | 1勝 | |||
| ダブルス | 1勝 | |||
| 生涯通算成績 | 197勝173敗 | |||
| シングルス | 138勝109敗 | |||
| ダブルス | 59勝64敗 | |||
| 生涯獲得賞金 | $902,005 | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪 | 4回戦(2001) | |||
| 全仏 | 3回戦(2001) | |||
| 全英 | 3回戦(2002) | |||
| 全米 | ベスト8(2001) | |||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||
| 全豪 | ベスト8(2002) | |||
| 全仏 | 3回戦(2002) | |||
| 全英 | 3回戦(2003) | |||
| 全米 | 3回戦(2001) | |||
| キャリア自己最高ランキング | ||||
| シングルス | 16位(2002年7月29日) | |||
| ダブルス | 34位(2002年6月10日) | |||
ダヤ・ベダノワ(Dája Bedáňová, 1983年3月9日 - )は、チェコ・オストラヴァ出身の元女子プロテニス選手。自己最高ランキングはシングルス16位、ダブルス34位。WTAツアーでシングルス1勝、ダブルス1勝を挙げた。彼女の本名は「ダニエラ・ベダノワ」(Daniela Bedáňová)というが、愛称の「ダヤ」で女子ツアーに選手登録していた。
ベダノワは1999年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップのチェコ代表選手に選ばれ、2000年に17歳でプロ入りした。プロ転向の年から目覚ましい躍進を見せ、シドニー五輪でオリンピックのチェコ代表選手に選ばれる。初出場のオリンピックで、ベダノワは女子シングルス2回戦に進み、フランス代表のジュリー・アラール=デキュジスに敗れた。オリンピック終了後、ベダノワは「トヨタ・プリンセス・カップ」で初来日し、予選3試合を勝ち抜いた後、本戦準決勝まで進出した。本戦2回戦でアメリ・モレスモ、準々決勝でエミー・フレージャーを破って勝ち進んだベダノワは、準決勝でセリーナ・ウィリアムズに敗退する。1ヶ月後の10月29日、ベダノワはスロバキア・ブラチスラヴァ大会の決勝でミリアム・オレマンス(オランダ)を 6-1, 5-7, 6-3 で破り、ツアー初優勝を達成した。この年の顕著な活躍を評価されて、ベダノワは2000年度の女子テニス協会「最優秀新人賞」を受賞した。
2001年もベダノワの快進撃は続き、全豪オープンでセリーナ・ウィリアムズとの4回戦に進み、全仏オープンではシルビア・ファリナ・エリア(イタリア)との3回戦に進出する。同年の全米オープンでベダノワは4大大会の自己最高成績を出し、4回戦でモニカ・セレシュを 7-5, 4-6, 6-3 で破る勝利を挙げた。続く準々決勝では、幼なじみだったマルチナ・ヒンギスに 2-6, 0-6 で敗れている。10月のブラチスラヴァ大会では、前年度優勝のシングルスは1回戦で敗退したが、ダブルスでエレーナ・ボビナ(ロシア)とペアを組んで優勝した。2002年の全豪オープンでは、女子ダブルスで同じチェコのクベタ・ヘルドリコバとペアを組み、リサ・レイモンド(アメリカ)&レネ・スタブス(オーストラリア)組との準々決勝まで勝ち進んだ。2002年ウィンブルドンでジェニファー・カプリアティとの3回戦に進んだ後、ベダノワはシングルスで自己最高の「16位」にランクされた。
ところが、2003年に入るとベダノワのテニス成績は急降下し始め、アキレス腱故障などを抱えるようになった。全米オープン1回戦でマリア・エレナ・カメリン(イタリア)に敗れた試合が、彼女の最後の4大大会本戦出場になる。2004年と2005年はWTAツアーの下部組織の大会を回り、日本の岐阜や福岡の大会に出場したこともあった。2005年シーズンの終わりに、ダヤ・ベダノワはわずか22歳の若さで現役を引退した。
ベダノワは2010年4月に同じチェコのテニス選手であるヤン・ハジェクと結婚した。