タチアナ・ガルビン

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出身地 同・メストレ
居住地 同・ボローニャ
生年月日 (1977-06-30) 1977年6月30日(47歳)
タチアナ・ガルビン
Tathiana Garbin
タチアナ・ガルビン
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
出身地 同・メストレ
居住地 同・ボローニャ
生年月日 (1977-06-30) 1977年6月30日(47歳)
身長 172cm
体重 67kg
利き手
バックハンド 片手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1996年
引退年 2011年
ツアー通算 12勝
シングルス 1勝
ダブルス 11勝
生涯通算成績 709勝574敗
シングルス 427勝335敗
ダブルス 282勝239敗
生涯獲得賞金 $2,661,973
4大大会最高成績・シングルス
全豪 3回戦(2007・10)
全仏 4回戦(2007)
全英 2回戦(2006・07・09)
全米 3回戦(2000・08)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(2000)
全仏 3回戦(2002・03)
全英 ベスト8(2009)
全米 3回戦(2000・04・7・10)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 22位(2007年5月21日)
ダブルス 25位(2001年8月27日)

タチアナ・ガルビンTathiana Garbin, 1977年6月30日 - )は、イタリアメストレ出身の女子プロテニス選手。WTAツアーでシングルス1勝、ダブルス11勝を挙げた。自己最高ランキングはシングルス22位、ダブルス25位。右利き、バックハンド・ストロークは片手打ち。

ガルビンは3歳でテニスを始め、1996年に19歳でプロに転向した。4大大会1999年全豪オープンで初出場。1回戦で同じイタリアのリタ・グランデに 7-6(3), 0-6, 7-9 で競り負けた。

2000年2月のボゴタ大会でツアー初の決勝に進出しパトリシア・ワーツシュ英語版に 6–4, 1–6, 4–6 で敗れたが4月のブダペスト大会でクリスティ・ボーグルトを 6–2, 7–6(4) で破りツアー初優勝を果たす。全仏オープンで初めて4大大会の勝利を挙げ3回戦で第1シードのマルチナ・ヒンギスに挑戦した。全米オープンでも3回戦でヒンギスに敗れている。シドニー五輪でオリンピックに初出場したが、シングルス1回戦でフランスのジュリー・アラール=デキュジスに 4–6, 2–6 で敗れた。

2001年3月のインディアンウェルズ・マスターズ2回戦では当時4位のモニカ・セレシュを 7-6(6), 3-6, 6-4 で破る殊勲を挙げた。ガルビンがトップ10プレイヤーから勝利したのはこれが初めてである。3回戦で杉山愛に 4–6, 2–6 で敗れた。

ガルビンが知名度を大きく上げたのは2004年全仏オープンである。2回戦で当時1位の前年優勝者ジュスティーヌ・エナン=アーデンを 7-5, 6-4 で破った。ガルビンが世界ランキング1位の選手に勝ったのは初めてあり、エナンは最も得意とする全仏オープンでは2003年から2007年までの5年間で4回優勝しており唯一敗れたのがこの試合であった。3回戦で鄭潔に 7-5, 6-7(1), 2-6 で敗れている。2度目の出場となったアテネ五輪では1回戦で第13シードのアンナ・スマシュノワに 6-2, 6-1 で勝利したが2回戦でニコル・プラット英語版に 6-1, 6-7(5), 2-6 で敗れた。ロベルタ・ビンチと組んだダブルスでも2回戦でスペインのコンチタ・マルティネス&ビルヒニア・ルアノ・パスクアル組に 3–6, 3–6 で敗れた。

2007年全仏オープンでは1回戦で森上亜希子を 7-6(2), 6-4 で破って勝ち進み自己最高の4回戦に進出した。4回戦では第6シードのニコル・バイディソバに 3–6, 1–6 で敗れた。

その後は好成績が少なくなり2011年全豪オープンでは1回戦で第15シードのマリオン・バルトリに 0-6, 0-6 で1ゲームも奪えずに敗れた。大会後に33歳で現役を引退した。

WTAツアー決勝進出結果

4大大会シングルス成績

外部リンク

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