ローゼンベルク家の人々は15世紀から演劇 に関心を有していた[ 12] 。エゲンベルク家とその周辺の人々も舞台芸術 に関心があり、チェスキー・クルムロフ城には1675年から芝居が上演できる設備があった[ 13] 。
バロック劇場のステージ
バロック劇場舞台下にある機構
1680年から1682年頃にかけて、オペラ を愛好していたエゲンベルク家の当主ヤン・クリスティアーンが現在バロック劇場がある場所に劇場 を作った[ 14] [ 15] 。1765年から1766年頃にかけてチェスキー・クルムロフ城の劇場は大幅に改装され、現在残っている形に近いバロック劇場 が完成した[ 14] 。ヨーロッパのバロック劇場は、場面転換が可能な精巧な背景や複雑な舞台機構が特徴である[ 16] 。場面転換は遠近法 を用いて描かれた複数の書割 を入れ替えることで行う[ 15] 。チェスキー・クルムロフ城のバロック劇場には円柱の並ぶホールや森林、街中、庭園などを表現した書割があり、これは場面に応じて入れ替えることができる[ 14] [ 15] 。背景転換や特殊効果のため、巻揚機などの機構が袖や舞台下に設置されている[ 15] 。劇場内部は立体画法で描かれた装飾が特徴的で、客席には一層の桟敷席 と中央ボックス席がある[ 17] 。照明はろうそく の火を使用していた[ 15] 。どのような演目を上演していたかははっきりしないが、ロペ・デ・ベガ 、カルデロン・デ・ラ・バルカ 、ウィリアム・シェイクスピア 、モリエール 、ジャン・ラシーヌ 、ピエール・コルネイユ などの作品を上演していたのではないかと推定されている[ 15] 。
バイロイト辺境伯歌劇場 や小トリアノン宮殿 の王妃の劇場(世界最古と考えられるセットが保存されている[ 18] )など、ヨーロッパにはいくつか18世紀に作られた劇場が残っているが、チェスキー・クルムロフ城の劇場はスウェーデン のドロットニングホルム宮廷劇場 と並んで保存状態の良い宮廷バロック劇場であり、遠近法 を用いて背景を描き出した18世紀の書割 が良好な状態で残っているのはチェスキー・クルムロフ城とドロットニングホルム宮廷劇場のみであると言われている[ 15] [ 14] 。既に新古典主義建築 的な要素が見られるドロットニングホルム宮廷劇場とは異なり、チェスキー・クルムロフ城の劇場は建築・装飾の点で極めてバロック的な特徴を有している[ 14] 。ヨハン・ヴェッチェルとレオ・メルケルが作成した大道具 類はドロットニングホルム宮廷劇場に比べると見劣りすると言われており、また保存されている数も少ない[ 17] 。
この劇場は1966年から1997年までは閉鎖されていたが、改修を経て1997年に一般公開された[ 14] 。バロック劇場では、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル の作品をはじめとするバロック オペラ を伝統的なやり方で上演する試みを行っている[ 19] [ 20] 。日本で海外公演を行ったこともある[ 19] [ 20] 。
劇場には図書室が付属しており、この城に住んでいた領主の蔵書を中心に5万冊の書籍が所蔵されている[ 12] 。蔵書の多くはドイツ語文献である[ 12] 。
回転劇場 チェスキー・クルムロフ城のバロック庭園には野外回転劇場がある[ 21] 。客席が360度回転する方式の劇場で、役者はそれに合わせて動く[ 9] 。1958年に60名の客席を有する回転劇場ができ、のちに400名を収容できる規模に改修された[ 21] 。当初40名による人力で回転させていたが、1960年に電気モーターで回転させ、550人を収容できる規模に変わった[ 21] 。