チェルニゴフ諸公会議 (1206年)
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チェルニゴフ諸公会議(チェルニゴフしょこうかいぎ、ロシア語: Черниговский съезд)は、1206年に現在のウクライナ北部にあたるチェルニゴフ(ウクライナ語:チェルニーヒウ)で開催された[1]、ルーシの諸公会議の1つである。また、チェルニゴフ・オレグ家(ru)による会議としては史料上の最後のものである。
ラヴレンチー年代記によれば、1206年、チェルニゴフ公フセヴォロド、ノヴゴロド・セヴェルスキー公ウラジーミルらオレグ家諸公によって会議が開催された[1]。会議によって、オレグ家諸公によるガーリチへの遠征が決定した。同年、遠征軍はガーリチへ進軍を開始し、スモレンスク公ムスチスラフら(スモレンスク・ロスチスラフ家(ru)諸公)、ならびに多数のポロヴェツ族がこれに加わった[1]。