チダオバ
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歴史
チダオバは中世にその起源を持ち、祭礼や祝祭、軍事訓練の一環として広く行われてきた。19世紀には首都トビリシに「クルギ」と呼ばれる専用の競技場が建設され、都市文化の娯楽としても定着した。ソビエト連邦時代には近代スポーツとして体系化され、レスリング、柔道、サンボの発展に影響を与えたとされる[2]。
ルールと技術
競技者は伝統衣装(チョカ)を着用し、腰から下を掴むことは禁止される。試合は円形の屋外アリーナで行われ、ズルナとドリの伝統音楽が伴奏する。開始前には舞踊を行う儀式的要素もあり、競技と芸能が一体化している。 技術体系は200種類以上の投げ技・返し技から成り立ち、特に以下の技が知られている。
- サルマ(足払い)
- カウリ(帯や襟を利用した投げ)
- ゴジュリ(回転投げ)
- モヴェルディ(体捌きを用いた崩し)
伝統的に勝者には羊などの賞が与えられる慣習があった。
文化的意義
チダオバは単なる競技ではなく、地域社会における誇りや勇敢さの象徴とされる。フェアプレーが重視され、選手は相手が立ち上がるのを待つなど騎士道的な礼節を守ることが求められる[1]。 また、地域祭礼や国民的行事において披露されることも多く、社会的連帯の強化や若者教育の場としての役割も担っている。
現代の展開
現代では国家チダオバ連盟(National Federation of Georgian Wrestling)が普及を推進しており、国内大会も多数開催されている。国際組織としては国際チダオバ連盟(International Federation of Georgian Wrestling, IFGW)が設立され、国際大会の開催やオリンピック競技化を目指す活動が進められている[3]。 ジョージア出身のレスリング選手や柔道家の中にはチダオバ出身者も多く、オリンピック金メダリストのアルセン・メコキシヴィリもその一人である。
無形文化遺産
ユネスコは2018年、チダオバを「人類の無形文化遺産代表一覧表」に登録した。その理由として「身体的健康の促進」「社会的連帯」「異文化間対話への貢献」が挙げられている[1]。
著名な競技者
- アルセン・メコキシヴィリ – 1952年ヘルシンキオリンピック金メダリスト(レスリング)