チチハル駅
中国黒竜江省チチハル市の鉄道駅
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歴史
当駅の前身は、1909年に建設された斉昂軽便鉄路の竜江駅である。その後、1928年12月、チチハルと克山県を結ぶ斉克線の開通により供用開始した新竜江駅に代わられた[3]。1933年8月15日に駅はチチハル駅と改称されたが、駅舎は1934年1月29日の火災により焼失している。同年6月、鉄路局のオフィスを併設した駅舎の建設が着工され、建設には147万満洲国圓の予算が投じられた。1935年12月に駅舎の基本構造の建築が完成し、待合室の供用が開始された。1936年6月22日に完全竣工となり、構内には2面のホームが設けられた[3]。
満洲国解体後の1949年以降、従来の旅客施設では対応しきれなくなったことから、1961年には旅客用スペース拡張を目的として、それまで駅に併設されていた鉄道関係者用の福利厚生施設「斉鉄俱楽部」の敷地を臨時の待合室として解放した。1962年以降は、同じく併設されていた斉鉄体育館の施設も、第2旅客待合室として解放した。1967年3月17日、元の待合室の南側に面積1488平方メートルの簡易待合室の建設が着工された[3]。
1970年には新たに貨物営業に特化したチチハル南駅[注 1]が建設され、それまで当駅で担っていた貨物駅機能が分散された[4]。 1971年6月24日、それまでの跨線橋に代わって、駅舎からホームへ至る地下通路が着工され、1972年6月30日に竣工した。同時期にこの跨線橋が撤去され、各ホームに雨よけの屋根が建設された。 1975年には新駅舎への建て替えが決定され、同時に簡易待合室の撤去、工事は12月23日に着工し、1979年9月25日に竣工、同年10月27日に供用開始された[3]。1982年には駅の等級が以前の一等駅から特等駅へ昇格している[3]。
1986年10月28日、駅構内に跨線橋の再建が決定され、1989年11月15日に竣工した。1997年には、長さが300メートルに延長された4番ホームが建設され、10月に竣工した[5]。2005年9月29日には待合室内にエスカレーターが設置された[5]。2015年には、当駅への高速鉄道路線である哈斉旅客専用線の乗り入れに備えた、駅改修が行われ、同年9月1日より同線の列車も当駅への停車を開始した[6]。
駅構造
駅舎
現在供用されている駅舎は1976年に建設されたもので、中鉄第五勘察設計院東北分院が設計を担当した。長さ138メートル、幅43メートルの、面積2万860平方メートルの規模を有する。 一部地上5階建ての地上3階建て[7]で建物の高さは28.9メートル。8階建て高さ70メートルの時計台が併設されている[8][9][3]。
駅舎施設は上下の2層に分かれており、コンコースと通路が設けられている。駅舎内には4つの待合室があり[10]、同時に6000人の旅客を収容できる。南北の壁面には、陶板画である『鶴郷春』が展示されている。軟席待合室、豪華待合コンコース(豪华候车厅)、軍人待合室、母子室などの施設は駅舎供用後に順次増設されたものである[11][3]。
ホーム

北側の施設は斉北場または北場と略称され、当駅を起終点とする旅客列車の発着および中継業務を取り扱っている[1]。14本の着発線と4面の旅客ホームが設けられている[12][10]。線路は10本の専用線と接続しており[12]、北側には機関区や各鉄道車両の整備を行う施設が位置している[13]。
南側の施設は斉南場と略称される貨物操車場からなる。本線2本、着発線7本、編成線13本から構成され[12]、哈斉旅客専用線、平斉線および斉北線の旅客、貨物輸送の業務を担っている[14]。
旧駅舎

現在の駅舎の横には1936年竣工の旧駅舎が残されており、列車の運行を管理する施設「チチハル車務段」のオフィスとして使用されている[1][11][3]。煉瓦とコンクリートによる構造で、面積は4499.2平方メートル、駅舎上部には「中国共産党万歳、毛沢東思想万歳」のスローガンが残されている[15]。地上4階・地下1階建てで、1階の南側は815平方メートルの軟席待合室と貴賓室、1階の北側と2・3階は鉄路局のオフィス、4階はホテルとなっていた。
隣の駅
- 中国国家鉄路集団(中国国鉄)
- 哈斉旅客専用線・平斉線
- チチハル南駅 - チチハル駅
- 斉北線
- チチハル駅 - 高頭駅
- 哈斉旅客専用線・平斉線
