チッタゴン丘陵人民連帯協会
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チッタゴン丘陵人民連帯協会(チッタゴンきゅうりょうじんみんれんたいきょうかい、Parbatya Chattagram Jana Samhati Samiti, PCJSS)は、バングラデシュ南東部のチッタゴン丘陵地帯(Chittagong Hill Tracts, CHT)に居住する先住民族「ジュマ(Jumma)」の権利擁護と自治拡大を目的として1972年に結成された政治組織である。 同組織は、武装部門であるシャンティ・バヒニ(Shanti Bahini)を通じて、1970年代後半からバングラデシュ政府と長期的な武力衝突を行った。
設立(1972年)
1971年のバングラデシュ独立後、政府が推進したベンガル化政策に対し、チッタゴン丘陵地帯の先住民族は強い危機感を抱いた。 これを受け、1972年にPCJSSが結成され、自治権の確立と先住民族の権利保護を掲げて政治活動を開始した。
武力紛争(1977–1997年)
1977年、PCJSSの軍事部門シャンティ・バヒニは、民族自決権を求めて政府軍と武力衝突を開始した。 この紛争は約20年続き、多数の住民がインドやミャンマーへ避難する事態となった。
和平協定(1997年)
1997年12月2日、PCJSSはバングラデシュ政府とチッタゴン丘陵地帯和平協定を締結した。 協定により、
- 先住民族の権利承認
- 地域行政機構の再編
- シャンティ・バヒニの武装解除 が定められ、公式には紛争終結とされた。
しかし、協定の履行状況についてはPCJSSが「未実施項目が多い」と批判しており、政治的緊張は現在も続いている。
分派の発生
1998年、和平協定に反対する派閥がPCJSSから分裂し、UPDF(United People’s Democratic Front)を結成した。 これにより、チッタゴン丘陵地帯では先住民族内部の対立も発生している。