チャック・ケアリー

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生年月日 (1960-03-03) 1960年3月3日(65歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
210 lb =約95.3 kg
チャック・ケアリー
Chuck Cary
AAA級ナッシュビル時代
(1986年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州
生年月日 (1960-03-03) 1960年3月3日(65歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1981年 MLBドラフト7巡目
初出場 MLB / 1985年8月22日
NPB / 1992年4月11日
最終出場 MLB / 1993年10月2日
NPB / 1992年9月26日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

チャールズ・ダグラス・ケアリーCharles Douglas "Chuck" Cary1960年3月3日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の元プロ野球選手投手)。

1985年にデトロイト・タイガースに入団。大いに期待される存在であった。1987年1月27日テリー・ハーパーおよびフレディー・ティブルシオとの2対2のトレードで、ランディー・オニール英語版とともにアトランタ・ブレーブスへ移籍[1]1989年ニューヨーク・ヤンキースへ移籍すると、1990年には27試合に先発して[1]、最下位と低迷するチームのローテーションの一角を担った。しかし1991年は左ヒジ故障のため1勝に終わり、9月に手術を受けている[2]12月24日に年俸6,500万円で巨人への入団が決まった[2]

1992年は左ヒジの手術の後遺症もなく[3]オープン戦では速球を低めに集め、先発とリリーフのどちらでも対応できると見られた[3]。開幕後はクローザーとして起用され、4月12日には初セーブを挙げたが、3試合目の登板となった4月14日の対広島戦で救援に失敗し、クイックモーションが使えないという欠点も明らかになった[4]。5月以降は先発としても起用され、6月7日の対中日戦では8回1失点で初勝利を挙げている。シーズン終了後の11月30日に退団した。

巨人では背番号55を付けていた。退団翌年に入団して背番号55を付けたのが松井秀喜である。

1993年シカゴ・ホワイトソックスでプレーした。

プレースタイルなど

長身から投げ下ろす140km/h台の速球と、シンカーが持ち味だった[5]。一方で、クイックモーションが使えない事もあり、走者が出ると集中力を削がれやすかった[4]。他、スクリュー、チェンジアップも投げる。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1985 DET 160000012--.0009523.21628122200993.421.01
1986 220000120--.33314031.23331540211118123.411.52
1987 ATL 130000111--.5007016.21734311510773.781.26
1988 70000000------398.181401710666.481.44
1989 NYY 2211201440--.50040499.178132960796142363.261.08
1990 28272016120--.333661156.215521551113411277734.191.34
1991 109000160--.14324753.16163220342135355.911.74
1992 巨人 195000351--.37523552.15462930352329213.611.59
1993 CWS 160000100--1.0009620.22211103104012125.231.60
MLB:8年 1344740214263--.3501752410.1390501581783222652061904.171.34
NPB:1年 195000351--.37523552.15462930352329213.611.59
  • 「-」は記録なし

記録

MLB
NPB
  • 初登板:1992年4月11日、対横浜大洋ホエールズ1回戦(横浜スタジアム)、7回裏1死に2番手で救援登板・完了、2回2/3を3失点
  • 初奪三振:同上、7回裏に山崎賢一から
  • 初セーブ:1992年4月12日、対横浜大洋ホエールズ2回戦(横浜スタジアム)、9回裏に3番手で救援登板・完了、1回無失点
  • 初先発:1992年5月10日、対横浜大洋ホエールズ8回戦(横浜スタジアム)、2回5失点(自責点3)で敗戦投手
  • 初勝利・初先発勝利:1992年6月7日、対中日ドラゴンズ9回戦(東京ドーム)、8回1失点
  • 初安打・初打点:同上、2回裏に小松辰雄から右前適時打

背番号

  • 43 (1985年 - 1986年)
  • 36 (1987年 - 1988年)
  • 51 (1989年 - 1991年)
  • 55 (1992年)
  • 46 (1993年)

脚注

関連項目

外部リンク

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