チャパエフ (巡洋艦)
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レニングラードの第189造船所で建造[1]。建造番号305[1]。1939年10月8日起工[1]。1940年9月25日海軍リストに登録。1941年4月28日進水[1]。艦長、G. A. ヴィゼル。1941年9月10日工事中断、モスボール。1950年5月16日竣工[1]。
1950年9月19日、第4海軍に編入[2]。1951年7月30日、北方艦隊に移る[2]。1952年1月25日、SF第6飛行隊に編入。1958年4月18日、練習巡洋艦とされる[2]。1960年2月6日、宿泊船「PKZ-25」となる[2]。
1963年4月12日除籍[2]。翌年、ムルマンスク市鉄屑処理場で解体[2]。 上甲板と上部構造物のない船体は、ゼレニー岬の対岸にあるコラ湾のミンキノ集落の沿岸境界に着底し、海岸線の堤防部分の基礎となった。この盛り土の上に、海洋北極地質探査隊の倉庫と基地、漁業集団農場「ウダルニク」の工場が建設された。2つの海洋北極地質探査隊の浮体係留[3]が、ごく部分的に埋められた巡洋艦の船体に係留されている。
歴代艦長
- 1946.12~1949.01 ドレヴニツキー・ヴァシリー・マルチノヴィチ(補佐)司令官[4] 元巡洋艦 「クラスニー・カヴカズ 」司令官
- 1947年 -~1949年 - 1等艦長 メシチェルスキー・ニコライ・ヨシフォビッチ
- 1949年10月~1951年02月 - アバシュヴィリ・ゲオルギ・セミョノヴィチ
- 1952年~1956年 - バビィ・ヴィクトル・ステパノヴィッチ1等大尉
- 1956年~1957年 - フェドロフ・セルゲイ・ミハイロビッチ1等大尉