チャールズ・ジョウ
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南カリフォルニア大学 (法務博士)
無所属(2018年 - )
| チャールズ・ジョウ Charles Djou | |
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| 生年月日 | 1970年8月9日(54歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 |
ペンシルバニア大学(学士) 南カリフォルニア大学 (法務博士) |
| 所属政党 |
無所属(2018年 - ) |
| 配偶者 | ステイシー・カワサキ |
| 子女 | 3人 |
| 選挙区 |
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| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2010年5月22日 - 2011年1月3日 |
| 選挙区 | 第47区 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2000年1月 - 2002年12月 |
| 選挙区 | 第4区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 在任期間 | 2002年12月 - 2010年5月22日 |
チャールズ・ジョウ(英語:Charles Djou、中国語:周 永康、拼音:Zhōu Yǒngkāng、1970年8月9日 - )は、アメリカ合衆国・ロサンゼルス出身の政治家、共和党員。
アメリカ合衆国下院議員(通算1期)。2021年現在、共和党のアメリカ下院議員はジョウ以来選出されていない。
ハワイ州下院議員

1998年、ジョウはハワイ州下院議員第47地区の共和党員として立候補した。予備選挙で反対されなかったが、総選挙でアイリス・イケダ・カタラーニに190票差で敗れた[4]。
2000年、ハワイ州下院第47地区の議席に立候補し、現職のカタラーニと再び議席を争った。カタラーニは、美化団体「アウトドアサークル」に対して選挙広告でビルボード(屋外看板広告)を使わないという誓約書を提出していた。しかし、カタラーニは誓約書を破り、ビルボードを使用したたため、ジョウはカタラーニを批判した[5][6]。 ジョウは52.5%の票を確保し、カタラーニを破った[7]。州下院議員として、ジョウは2000年から2002年までハワイ下院で1期務め、少数党院内総務を務めた。
警察官の代わりに自動カメラを使用してスピーダーを捕まえるために2002年に開始された州の「バンカム」プログラムに反対し、その排除運動を成功させた[8][9]。
ホノルル市議会議員
アメリカ下院議員
2008年3月、ジョウは2010年の下院議員選挙にハワイ州第1選挙区から出馬することを表明した[12]。 2010年2月28日、現職のニール・アバークロンビーがハワイ州知事選に出馬するために辞任したことで、議席が空席となった[13]。アバクロンビーの辞任により、2010年5月22日に特別選挙が行われ、ジョウは立候補した。ジョウは、選挙にあたって元マサチューセッツ州知事で大統領候補のミット・ロムニーの推薦を受けた[14]。2011年夏、ジョウはロムニーを大統領候補として推薦した[15]。パット・サイキ元連邦下院議員がジョウの選挙対策委員長を務めた。民主党が候補を一本化できなかったこともあり、ジョウは39.4%の票を得て当選を果たし、半年ほどの任期を務めることになった[16][17][18]。
ジョウは再選を目指し、2010年選挙に出馬したが[19]、民主党のコリーン・ハナブサ州上院議長に53%対47%で敗れた[20]。2010年の総選挙で共和党の現職議員が敗れたのは、ルイジアナ州のジョセフ・キャオとジョウだけであった[21]。
その後、2012年、2014年と連続して、第1選挙区から下院議員選挙に出馬するも、いずれも民主党候補に届かず、落選した[22][23]。