チューダー・ロッジ
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1968年、ジョン・スタナードとロジャー・スティーヴンスのフォーク・デュオとしてレディングで結成される。1969年末にロジャーが脱退し[1]、リンドン・グリーンがその穴を埋める。1970年夏には、アメリカ生まれの女性歌手アン・ステュワートが加わり、3人編成となる[1]。
1971年、デビュー・アルバム『チューダー・ロッジ』をヴァーティゴから発表。メンバー3人の他、ペンタングルのダニー・トンプソンとテリー・コックス等のゲスト・ミュージシャンも迎えて制作された。同作はヒットに至らなかったが、6面開きの凝った変形ジャケットも相まって、後に中古レコード市場で高いプレミアが付くこととなる[2]。なお、2000年にユニバーサルミュージックから発売された日本盤紙ジャケットCD(カタログ番号:UICY-9030)では、変形ジャケットが忠実に再現された。しかし、ほどなくアンが脱退。アンはその後、カーヴド・エアのアルバム『ファンタスマゴリア―ある幻想的な風景―』(1972年)収録曲「Melinda (More or Less)」でフルートを担当。バンドは、アンの後任にリンダ・ピーターズを迎え、1972年初頭にオランダ・ツアーを行うが、イギリスに戻りわずかな回数のライブを行った後、リンダも脱退。チューダー・ロッジは解散状態となった。なお、リンダは後にフェアポート・コンヴェンションのリチャード・トンプソンと結婚し、リンダ・トンプソン名義で歌手活動を行う。
1980年、オリジナル・メンバー3人により一時的に再結成されるが、間もなくアンが脱退し、リン・ホワイトランドが加入。しかし、1985年にリンドンがオーストラリアに移住したため、チューダー・ロッジはジョンとリンのデュオとなる[1]。目立つ活動こそなかったが、2人はレコーディングやライブを続け、1997年、26年ぶりのアルバム『Let's Talk』発表。同作には、リンドン脱退前の録音も含まれている。同時期に、1971年から1997年にかけてのアウトテイクやライブ音源を収録したコンピレーション・アルバム『イット・オール・カムズ・バック』発表。
1999年、リン加入後としては2作目のオリジナル・アルバム『ドリーム』発表。現イット・バイツのジョン・ミッチェルがレコーディング・エンジニアを務め[3]、日本では、発売元のアヴァロン・レーベルが独自にデザインしたジャケットで発売された。同年9月、初の日本公演が行われ、当時日本在住だったリンドン・グリーンもゲスト参加。ジョンとリンはその後も、ミュージシャン以外の本業と並行して[4]、デュオとして活動を続ける。
メンバー
- ジョン・スタナード (John Stannard) - ボーカル、アコースティック・ギター、ベース、キーボード、パーカッション
- リン・ホワイトランド (Lynne Whiteland) - ボーカル、アコースティック・ギター、パーカッション