チリアーコ・デ・ミータ
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ルイージ・チリアーコ・デ・ミータ(伊: Luigi Ciriaco De Mita、1928年2月2日 - 2022年5月26日)は、イタリアの政治家。デ・ミータはデミータと書かれることも多い。
| チリアーコ・デ・ミータ Ciriaco De Mita | |
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1987年撮影 | |
| 生年月日 | 1928年2月2日 |
| 出生地 |
アヴェッリーノ県、 ヌスコ |
| 没年月日 | 2022年5月26日(94歳没) |
| 死没地 |
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| 所属政党 |
中道連合 白いバラ(2008 - ) 民主党(2007 - 2008) マルゲリータ(2002 - 2007) イタリア人民党(1994 - 2002) キリスト教民主党(1946 - 1994) |
| 在任期間 | 1988年4月13日 - 1989年7月23日 |
| 大統領 | フランチェスコ・コッシガ |
| 選挙区 | カンパニア州選挙区 |
| 当選回数 | 11回 |
| 在任期間 | 1963年 - 2022年5月26日 |
| 在任期間 | 1982年3月 - 1989年2月 |
下院議員(11期)、第46代イタリア首相(1988–89年)、キリスト教民主党書記長(第15代)を歴任。
1928年カンパニア州生まれ、2022年5月26日、死去。94歳没[1]。

概要
1928年にカンパニア州アヴェッリーノ県ヌスコで生まれる[2]。ミラノのサクロ・クオーレ・カトリック大学卒業後、エンリコ・マッテイが率いる石油公社Eniの法務部門で勤務。若くしてキリスト教民主党に入党[3]、1963年イタリア総選挙で下院議員として初当選[4]。1968年、内務省国務次官として初入閣。その後もマリアーノ・ルモール内閣では産業貿易大臣となるなど、政府要職を歴任。その後も、キリスト教民主党書記長を続けながら、下院議員(11期)、第46代イタリア首相(1988–89年)を歴任。1992年にはキリスト教民主党党首となる。その後、1994年にイタリア人民党、そして政党連合マルゲリータに参加。1999年から2004年まで欧州議会議員を務める。
2014年に故郷のヌスコ市長に選出され、死去するまでその地位にあった。2022年5月26日、死去[5]。94歳没[6]。