ティム・シムノン
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最初の成功
すぐにデビュー・アルバム『Into the Dragon』を発表、3枚のシングル・カットがなされた。アルバムの謝辞は日本のレーベル「Major Force」、ニューヨークのプロデューサー・デュオのダブル・ディー・アンド・ステインスキ、イギリスのワイルド・バンチ(後のマッシヴ・アタック)、バンドの23スキドゥー、レーベルの「Ronin Records」などに捧げられている。
ヒットメーカーとしての評判が確立したのはスウェーデン出身のネナ・チェリーのシングル「バッファロー・スタンス」(1988年)がヒットしたとき。「Bomb the Bass, rock this place」というリリックを含むこの曲は全英シングルチャートで3位、全米ダンス・チャートでトップに立った。その後、ネナのデビュー・アルバム『ロウ・ライク・スシ』、セカンド・シングル「マンチャイルド」が続いた。
ボム・ザ・ベースの3枚のアルバム
プロデューサーとして
1990年にジョン・フォックスと「Nation 12」名義で12インチ『Remember』を発表、イギリス中のレイヴで大ヒットしたほか、ビョーク、デビッド・ボウイ、マッシヴ・アタック、アッシュ、シール、コンソリデイティッド、エクトル・ザズー、ギャヴィン・フライデー、デペッシュ・モードなどをプロデュース/リミックス/共演した。
1995年、ギャヴィン・フライデーがアルバム『Shag Tobacco』からのシングル「Angel」でブレイク。同曲は映画『ロミオ+ジュリエット』のサウンドトラックに収録されるまでになり、デペッシュ・モードの2人がプロデュースを担当したシムノンに目を付けることとなった [1]。
1997年、シムノンはデペッシュ・モードのアルバム『ウルトラ』を担当し、ナンバーワン・ヒットとなった。「Barrel of a Gun」「It's No Good」「Home」をシングル・カット。300万枚を超えるヒットとなった。
その後、シムノンは疲れ切り、「10年以上も働きづめで燃え尽きてしまった。何のアイデアも浮かばなかった」 と言い、休暇を取った[2]。アムステルダムに引っ越しぶらぶらしていて、Electric Tonesレーベルを始めることにする。
2000年にレーベル設立[3]。コンピレーション『Flow Creator』を発表。
