テイコ・イトウ
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テイコ・イトウ( Teiko Ito、Teiko Ono[1]、1913年? - 1958年) は、日系アメリカ人のダンサー、振付師。 アメリカ合衆国ニューヨーク生まれ。夫は、伊藤祐司(1897-1963)で、ニューヨークのラジオ・シティ・ ミュージック・ホールにて舞台装置や小道具の製作に携わる。伊藤祐司の兄に伊藤道郎、弟に千田是也らがいる。1934年11月1日に夫とともに来朝[2]し、1941年の帰国まで、東洋舞踊家として日本で活動した。滞在中は、インドネシア(ジャワ、バリ)、朝鮮、タイ等へ赴き、現地で民族舞踊を習得した。インドネシア舞踊を日本で初めて踊ったのは、テイコ・イトウだと言われている[3]。1938年から3年間は日本劇場に外国人振付師として招聘され、レビュー作品における東洋舞踊の振り付けを手掛けた。1939年に、日本での初演にあたる『鷹の井戸』(軍人会館、東京)が上演された際は、「鷹」役を努めた。