本来は着信者のPHS端末に発信者の電話番号と名前を表示させるための機能で[2]、電話番号だけでなく任意の文字メッセージを最大19文字(文字数は機種により異なる)送ることができた[1][2]。発信側と受信側の両方がテレネーム対応機種のPHS端末を使用していることが必要であった[2]。
メッセージ送受信は通話の便利のための付加的な機能であり、無料で提供されていた[2][3]。しかし通話状態となる前に発信者が電話を切ってしまえば、通話料金は発生せずに文字メッセージだけを無料で送ることができた[2][3]ため、この「裏技」[2][3]による無料のメッセージ送信、通称「ただベル」[1][2](無料でポケットベルと同等のサービスを受けられることから[1])が主に若年層利用者の間で横行した[1][2][3]。当時のPHSには正規のメッセージ送信機能としてPメールが存在したものの、Pメールは1通10円[2]と高額であった。
テレネーム機能を持つPHS端末は1995年末から販売されていた[3][4][5]。「ただベル」による無料メッセージ送信が行われるようになったのは1998年の夏頃のことで[3]、ほどなくして日本全国に広まった[3]。通信量増加による大規模な回線のパンクがたびたび発生した[3]にもかかわらず通話料金収入はあまり増えなかった[3]ことから、DDIポケット側も調査に乗り出し、1998年末には原因を把握するに至った[3]。DDIポケットは対策として、1999年1月には文字メッセージ機能を端末新機種に搭載しないようにと端末メーカー各社に要請し[1]、同年7月には文字メッセージ機能の廃止に踏み切った[3]。これによりテレネームは発信者電話番号表示だけのサービスへと変更された[3]。
1999年当時、PHS業界全体の加入台数は既に携帯電話に押されて減少傾向にあった[2]。その中でDDIポケットのPHS契約者数は1999年の1月期から5月期の間は横這いから微増で推移していた[6]ものの、1999年5月期から7月期の間に7万人以上減少した[6]。