テーオドール・ベンファイ

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テーオドール・ベンファイTheodor Benfey, 1809年1月28日 - 1881年6月26日)はドイツ人の言語学者東洋学者

比較言語学インド学に関する功績のほか、後世もっとも影響が大きかったのはインド説話集『パンチャタントラ』の翻訳への序文で、そこでベンファイはインドの説話を他の各地の説話と比較した[1][2]

ドイツのゲッティンゲンの近くのネルテンで、ユダヤ系の商人の子として生まれた。医者を目指していたが父にヘブライ語を教わったことをきっかけに言語学の道に進んだ[3]ゲッティンゲン大学で1828年に博士の学位を取得した。その間、1827年に1年間ミュンヘンで過ごし、哲学で有名なシェリングティアシュの講義に感銘を受けている[3]。1830年から2年間フランクフルトで教諭になった[1]。研究は主にギリシア語ラテン語であったが「数週間で言語を身につけられるか?」という賭けを行ったことをきっかけにサンスクリットに転向した[3]。1832年にハイデルベルクに移り、2年間サンスクリットを教えた[1]

1834年にゲッティンゲン大学私講師の職についた。1848年にキリスト教に改宗し、員外教授に就任したが無給だった[4]。多くの功績にもかかわらず、ユダヤ人に対する偏見のために低い地位にとどめられていたが[3]、1862年にようやく正規の教授に就任した。

晩年はヴェーダ語文法研究の著作を行っていたが、完成する前にゲッティンゲンで没した。

著書年譜

脚注

参考文献

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