ディアンテ・ギャレット
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| アイオワ州立大学男子バスケットボール部 | |
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| ポジション | PG/SG |
| 役職 | アシスタントコーチ |
| 基本情報 | |
| 英語 | Diante Garrett |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1988年11月3日(36歳) |
| 出身地 | ウィスコンシン州ミルウォーキー |
| 身長(現役時) | 196cm (6 ft 5 in) |
| 体重(現役時) | 85kg (187 lb) |
| キャリア情報 | |
| ドラフト | 2011年 指名無し |
| 経歴 | |
| 2011 | |
| 2011-2012 | |
| 2012-2013 | フェニックス・サンズ |
| 2013 | ベーカーズフィールド・ジャム |
| 2013-2014 | ユタ・ジャズ |
| 2014-2015 | アイオワ・エナジー |
| 2015 | グランドラピッズ・ドライブ |
| 2015-2016 | |
| 2016-2017 | |
| 2017-2018 | |
| 2018-2019 | |
| 2020-2021 | |
| 2021 | |
| 2021 | |
| 2021-2022 | |
| 2022-2023 | |
| 2024 | |
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選手情報 B.LEAGUE.jp | |
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Stats Basketball-Reference.com | |
ディアンテ・ギャレット(Diante Garrett, 1988年11月3日[1] - )は、アメリカ合衆国の元プロバスケットボール選手。バスケットボール指導者。ウィスコンシン州ミルウォーキー出身。ポジションはポイントガード兼シューティングガード。
NBAのフェニックス・サンズ、ユタ・ジャズでのプレー経験があり、キャリアを通じて欧州を中心に国外のリーグでプレーしていた。B.LEAGUE開幕の2016年、アルバルク東京と契約し、1シーズンプレーした。
NBAでのキャリア(2012-2014)
アイオワ州立大学4年次に17.3得点、6.1アシストの記録を残した[要出典]ギャレットは、卒業した2011年夏、クロアチアのKKザグレブと契約[2]。11月に契約解除となり[3]、フランスのJSFナンテールと契約、2011-2012シーズンの残りを過ごした[4]。
2012-2013シーズン、NBAのフェニックス・サンズとの契約を果たした。19試合に、平均7.8分出場[5]。Dリーグ、サンズ傘下のベイカーズフィールド・ジャムでは、8試合に、平均32.6分出場した[6]。
プロ3年目となる2013-2014シーズンは、ユタ・ジャズに所属。71試合に出場し、1試合平均14.8分プレー[7]。ルーキーのトレイ・バークの控えとして、セカンドユニットのポイントガードを務めた。
Dリーグでのキャリア(2014-2015)
2014年のオフ、ギャレットは、スティーブ・ノヴァック、2017年のドラフト2巡目指名権と引き換えに、トロント・ラプターズにトレードされるも[8]、ラプターズを解雇される[9]。その後、ポートランド・トレイルブレイザーズと契約を結ぶが[7]、これもシーズン開幕前に解雇となる[10]。ギャレットはDリーグのアイオワ・エナジーでプレーすることになり、翌2015年の2月には、Dリーグのオールスターゲームに選出された[11]。その後、グランドラピッズ・ドライブにトレードされた[12]。移籍後は出場時間が減ったが、1シーズンを通して、32.8分出場、13.5得点、4.0アシスト、4.4リバウンド、スリーポイント成功率40.4%を記録した[6]。
マッカビ・アシュドッドBC(2015-2016)
2015-2016シーズンは、イスラエルのマッカビ・アシュドッドB.Cでプレー[13]。
アルバルク東京(2016-2017)
2016-2017シーズン、B.LEAGUEのアルバルク東京と契約した。オールスターゲームのファン投票で外国籍選手枠得票数1位となり本戦に出場し、また、ダンクコンテストにも出場[14]。レギュラーシーズンでは58試合でプレーし、18.1得点(リーグ6位)、3.9アシスト(リーグ5位)の活躍を見せた。シーズン終了後、Bリーグ自由交渉選手リストに公示された[15]。
国外でのキャリア(2017-2024)
2017年7月に、LBA所属のオクシリアム・パラカネストロ・トリノと契約[16]。
2024年12月24日、自身のSNSアカウントにて現役引退を発表した[17]。12月26日、アイオワ州立大学バスケットボール部のアシスタントコーチに就任すると発表された[18]。