ディメンテッド・アー・ゴー
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| ディメンテッド・アー・ゴー Demented Are Go | |
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ディメンテッド・アー・ゴー(2017年) | |
| 基本情報 | |
| 出身地 |
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| ジャンル | サイコビリー、パンク・ロック |
| 活動期間 | 1982年 - 1995年、1996年 - |
| レーベル | Crazy Love、People Like You (ドイツ)、Link、ID |
| メンバー |
マーク・"スパーキー"・フィリップス ホルガー・ダグ グリッシャ・ドルデルマン ゲイベル・グアルディ |
| 旧メンバー |
ギャヴィン・エヴァンス ディック・トーマス "レックス"・ルーサー・テイラー マイク・パネル スタン・スタンデン フィリップ・ドイル トニー・ビッグス レイ・トンプソン グレーム・グラント ビリー・ファヴァタ ポール・"チョッピー"・ランボーン ケルヴィン・クランプ トニー・"ストレンジー"・ギルモア "ロッキン"・リック・タナー アント・"ザ・ホースマン"・トーマス クリス・ダメージ エド・フレミング |
ディメンテッド・アー・ゴー[1](Demented Are Go!)は、1982年頃ウェールズのカーディフで結成されたサイコビリー・バンド。
パンクとロカビリーをミックスしたその音楽性は、サイコビリー・シーンに非常に影響を与えた。バンド名の由来は「Demon teds are go!」というフレーズで、テレビ番組『サンダーバード』の「Thunderbirds are go!」というフレーズを変えたものである。
最初の音源
ウェールズのカーディフ近郊で結成。当初、マーク・"スパーキー"・フィリップスがドラム、アント・トーマスがボーカル、リチャード・ジョーンズがベース、スティーヴ・ジョーダンがギターを担当していた。ジョーンズの赤い髪とジョーダンの革パンツがトレードマークとなる。1983年初頭、ベテラン・ミュージシャンであるディック・トーマスがバンドに参加し、メンバーの入れ替えを開始(トーマスがドラムへ、フィリップスがボーカルへ転向)。6週間のリハーサルの後、バンド最初のライブはペンアルスのシー・ライオンで行われたアナーキスト・バンドのイベントだった。
1984年のコンピレーション・アルバム『Hell's Bent On Rockin』に収録用の2曲をレコーディング。この時点でジョーンズとジョーダンは、エド・フレミングとギャヴィン・エヴァンスに交代された。これらの音源は、ヴィレッジ・ウェイ・レコーディングにてポール・"ドク"・スチュワートとの共同プロデュース&エンジニアリングであった。
経歴
1986年、ファースト・アルバム『In Sickness & In Health』をIDレコードから発表、レイ・トンプソンをベースに迎えて24時間以内という早さで録音された。
同年、バンドはロンドンに移り、メンバーは通常の仕事に就く。バンドの方向性にフラストレーションを感じていたディックは1987年に脱退。その後、新しいダブルベース奏者としてグレーム・グラントを、ディックの後任として"レックス"・ルーサー・テイラーを雇った。
1988年にセカンド・アルバム『Kicked Out of Hell』がイギリス国内と海外のインディー・チャートで高ランキングを獲得し、ヨーロッパ・ツアーを開始した。この時点で、ボーカルのフィリップスは、LSDやアルコールの依存症を患っていた。グレームとルーサーは1989年末にバンドを脱退したが、その後すぐにバンドに戻った。
フィリップスの逮捕
1999年、ライブで訪れていたアメリカ合衆国ニュージャージー州のホテルで、薬物摂取により頭が錯乱し、ライブ会場周囲の森林に火をつけだした。サウンドチェックの後、メンバーは近くのショッピングモールを訪問し、そこでフィリップスは若い女性の尻を触り、痴漢罪で起訴される。メンバーは60000ドルの保釈金を支払うことができず、フィリップスをアメリカに残したまま、メンバーはイギリスへと戻った。1ヶ月の懲役刑、100ドルの罰金を支払った後、フィリップスはイギリスに戻り、バンド活動を再開している。