デイヴィッド・レズリー (第6代リーヴェン伯爵)
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第5代リーヴェン伯爵および第4代メルヴィル伯爵アレクサンダー・レズリーと1人目の妻メアリー・アースキン(Mary Erskine、1723年7月12日没、ジョン・アースキンの娘)の息子として、1722年に生まれた[3]。エディンバラ大学で学んだ後、1740年から1742年までフローニンゲン大学で教育を受けた[3]。
1742年にエンサインとしてイギリス陸軍に入隊、1744年には歩兵連隊の大尉になった[3]。
1754年9月2日に父が死去すると、リーヴェン伯爵とメルヴィル伯爵の爵位を継承した[3]。
フリーメイソンの一員として、1759年から1761年までスコットランド・グランドロッジのグランドマスターを務めた[3]。
スコットランド銀行副総裁を務めたほか、1773年から1782年までスコットランド警察卿(Lord of Police)の1人を、1778年にスコットランド・キリスト教知識普及協会会長を、1783年から1801年までスコットランド教会総会への勅使を務めた[3]。
