デニイス・カルファート
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アントウェルペンで生まれた。Caluwaertという姓でアントウェルペンの画家 Christiaen van Quebornに風景画を学んだ記録が残っている。その後イタリアに修行にでて、ボローニャに定住し、プロスペロー・フォンターナ(1512-1597)に人物画を学び、イタリア風の画風に変わったとされる。1572年にボローニャからローマに移り、ローマでロレンツォ・サッバティーニ(Lorenzo Sabatini: c.1530-1576)らとバチカン宮殿のパオリーナ礼拝堂などの装飾画の制作に参加した。ローマではラファエロ・サンティらのルネサンス期の画家たちの作品の模写をして研究した[2] 。
1574年にボローニャに戻り、ボローニャで工房を開き、グイド・レーニ(1575-1642)、フランチェスコ・アルバーニ(1578-1660)、ドメニキーノ(1581-1641)といった後に有名になる画家たちを指導した[3]。1582年ころボローニャにアゴスティーノ・カラッチ(1557- 1602)とアンニーバレ・カラッチ(1560-1609)の兄弟といとこの、ルドヴィコ・カラッチ(1555-1619)によって美術学校、「アッカデミア・デッリ・インカンミナーティ(Accademia degli Incamminati)」が作られたが、ルドヴィコ・カラッチらはカルファートを尊敬し、カルファートの葬儀を手伝い、カルファートの弟子たちをアッカデミア・デッリ・インカンミナーティに迎えた。