デフラグビー
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デフラグビー(Deaf Rugby)とは、聴覚障がい者によるラグビーフットボールである。「デフ」とは、英語で「耳が聞こえない」「聴覚障がい者」という意味。



概要
7人制・15人制とも、プレー上のルールは健常者のものと変わりはないが、レフリーは笛を使わない。
試合によって若干異なるが、主審は目立つ色の手袋を両手にはめ、目立つ色の布(タオル)を持ち、スクラムの際にはフロントローの下に手を入れて合図する。両サイドの副審のほか、両方のインゴール側にも副審を置き、目立つ色の旗を持ち、プレー中断などを全プレーヤーに知らせる[1][2][3]。選手同士は、手話や身振りなどで伝達する。
プレーヤーの聴力は、両耳どちらとも40dB(デシベル)以上。危険防止のため、試合時は補聴器と人工内耳の装着は認められない[4]。
デフの選手が、健常者のチーム(高校、大学、クラブ、社会人)に所属していることがある[5][6][7]。
チーム強化目的で、デフチームが健常者の大会に出場することがある[8]。これは、健常者への認知活動や、デフのプレーヤー拡大にもつながっている。日本ラグビーフットボール協会と日本聴覚障がい者ラグビー連盟が協力し、体験会も開催している[9]。
歴史
古くから、聴覚障がい者は健常者と共にラグビーをプレーしてきた。聴覚障がい者だけの対戦は、1952年にニュージーランドの聴覚障がい者の学校どうしで行われた対戦が最初だとされる[10]。また、デフの選手は、高校チームや大学チーム、クラブチームなどで健常者と共にプレーをしていた[5][6][7]。
1991年、ニュージーランドで初のデフラグビー組織「ニュージーランド・デフラグビーフットボール協会(NZDRFU)」が発足[10][11]。
日本では、1994年から1995年にかけて、最初の活動が行われた(詳細は「日本聴覚障がい者ラグビーフットボール連盟」を参照)[11]。
1995年、初めてのデフラグビーのテストマッチ(国代表による対戦)が、ニュージーランドで行われた(2勝1敗で南アフリカ共和国代表がニュージーランド代表に勝利)[10]。
1995年9月、日本で初めてのデフラグビー組織「日本聴覚障害者ラグビーを考える会」が発足[12]。1998年4月1日に「日本聴覚障害者ラグビークラブ」(JDRC)発足[13]。
1998年11月、国際デフラグビー機構(IDRO、International Deaf Rugby Organisation)が発足した。当初の加盟国は、ニュージーランド、南アフリカ共和国、ウェールズ、オーストラリア、日本[14]。
2002年に「第1回デフラグビー世界選手権」がニュージーランドで開催された。会場に大会本部が無く、公式記録者もおらず、国際デフラグビー機構(IDRO)による運営の不手際が大きかったという[15]。
2006年5月に日本聴覚障害者ラグビーフットボール連盟が発足し[16]、2016年3月11日に法人格(特定非営利活動法人)を取得した[17]。
2016年4月、国際デフラグビー機構(IDRO)がワールド・デフラグビー(WDR、World Deaf Rugby)に改称[18]。
2018年3月、「第1回ワールド・デフラグビー・セブンズ(World Deaf Rugby 7’s)」がオーストラリアで開催される[19][20]。
2023年4月、「第2回ワールド・デフラグビー・セブンズ」がアルゼンチンで開催[21][22][23]。
2026年10月31日から11月3日まで、「第3回ワールド・デフラグビー・セブンズ(World Deaf Rugby Sevens Championship)」が日本の東京都内で開催[24][25]。