デレク・アサモア
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Derek ASAMOAH | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1981年5月1日(43歳) | |||||
| 出身地 | グレーター・アクラ州アクラ | |||||
| 身長 | 168cm | |||||
| 体重 | 62kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | FW | |||||
| ユース | ||||||
| 1998-1999 |
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| 1999-2000 |
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| 2000-2001 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2000-2001 |
| 8 | (3) | |||
| 2001-2004 |
| 113 | (30) | |||
| 2004-2005 |
| 30 | (5) | |||
| 2005-2006 |
| 35 | (2) | |||
| 2006 |
→ | 17 | (8) | |||
| 2006-2007 |
| 39 | (10) | |||
| 2007-2009 |
| 0 | (0) | |||
| 2009 |
| 3 | (0) | |||
| 2009-2010 |
| 36 | (13) | |||
| 2011-2012 |
| 56 | (13) | |||
| 2013 |
| 33 | (4) | |||
| 2014-2016 |
| 67 | (10) | |||
| 2016-2017 |
| 8 | (0) | |||
| 2017 |
| 15 | (1) | |||
| 2018- |
| 1 | (2) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2006-2011 |
| 4 | (1) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2018年1月15日現在。 2. 2011年11月15日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
デレク・アサモア(Derek Asamoah, 1981年5月1日 - )は、ガーナ・アクラ出身の元同国代表サッカー選手。ハーリンゲイ・ボロFC所属。いとこのロイド・オウスもサッカー選手。
クラブ
ノーサンプトン・タウンのトライアルを受け、自身初のプロ契約を結ぶ。その後好条件のオファーを断りマンスフィールド・タウンに移籍。しかし監督のカールトン・パーマーと不仲になり厳しいシーズンを過ごす。移籍リストに掲載され、リンカーン・シティに移籍する。リンカーン・シティではなかなか得点できずに苦しみ、チェスター・シティへ期限付き移籍する。チェスター・シティではシーズン前半に4試合で7得点を記録する活躍を見せた。
2006年7月、ドンカスター・ローヴァーズとスカンソープ・ユナイテッドのトライアルを受けるが、8月3日、シュルーズベリー・タウンと契約したことが発表された。シュルーズベリーでは10得点を記録し、チームはリーグ戦7位ながらフットボールリーグ2プレーオフ決勝まで進んだ。
2007年8月、チームを通さず無断でフランス・リーグ・アンのニースと契約。シュールズベリー監督のゲイリー・ピーターズは「利己的な選手で利己的な人物だ」と非難した。結局、ニースではトップチームでの出場機会はなかった。
2009年、スコットランドのハミルトン・アカデミカルに移籍。セルティック戦でデビューを果たす。同年8月、ブルガリアのロコモティフ・ソフィアに移籍。始めはケガに悩むが、すぐにスタメンの地位を獲得するチャンスを得る。
2010年11月、韓国・Kリーグの浦項スティーラースに3年契約で移籍[2]。2011年3月5日の城南一和戦で公式戦初先発する[3]と、13日の全南ドラゴンズ戦で初ゴールを決めた[4]。2013年2月20日、大邱FCに移籍した[5]。
2014年10月21日、フットボールリーグ2のカーライル・ユナイテッドFCに加入した[6]。
代表
2006年10月、日本と韓国との親善試合に向けた代表メンバーに初招集される。2011年11月15日のガボン戦で代表初ゴールを決めた。