デヴィッド・サーレ

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(→en|David Salle)

デヴィッド・サーレ
生誕 (1952-09-28) 1952年9月28日(73歳)
Norman, Oklahoma, US
教育 California Institute of the Arts (BFA 1973, MFA 1975)
著名な実績 Painting, Printmaking, Set Design, Photography, Sculpture, Film
運動・動向 Contemporary art, Postmodernism, Neo-expressionism Pictures Generation
配偶者 Emily Cole Hunt
受賞 Guggenheim Fellowship (1986)
公式サイト www.davidsallestudio.net
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デヴィッド・サーレ(David Salle;1952年9月28日生まれ、姓は「サリー」と発音)は、アメリカのポストモダンの画家、版画家、写真家、舞台デザイナーである。

サーレはオクラホマ州ノーマンに生まれ、現在はニューヨーク州イースト・ハンプトンに在住し制作活動を行っている。カリフォルニア州バレンシアのカリフォルニア芸術大学で学び、ジョン・バルデッサリに師事してBFAおよびMFAを取得した。サーレの作品は1980年代初頭、ニューヨークで初めて広く注目を集めた。

デヴィッド・サーレは1952年9月28日、ロシア系ユダヤ人移民の両親のもと、オクラホマ州ノーマンに生まれたが、カンザス州ウィチタで育った。幼少期から芸術に関心を示し、地元の美術団体が提供する美術教室に通いながら少年期・青年期を過ごした。早い段階でウィチタ美術協会の人物デッサン教室に参加し、高校在学中も週3日、校外の美術クラスに通っていた。

高校卒業後、サーレはカリフォルニア芸術大学に進学し、そこでジョン・バルデッサリのもとで研鑽を積んだ。彼は自身の芸術への道筋を示してくれた人物としてバルデッサリの名を挙げている。サーレは3年間でBFAを取得し(1973年)、その後2年でMFAを修了した(1975年)。


卒業後、1975年にサーレはニューヨークに移り、ヴィト・アコンチのもとで働いた。[1]また、1976年から1977年にかけては、ソフトコア・ポルノグラフィック雑誌『Stag』のアート部門でペーストアップ作業(レイアウト補助)を短期間担当した。この経験で得た同誌のストック写真(主に女性のヌード画像など)は、後年の彼の作品においてイメージの借用(appropriation)源の一つとなった。[2]

サーレの「時代精神絵画2」(Zeitgeist Painting II;1982年)のなかの女体は、タイムズスクエアのセックス産業に従事する女たちの裸体を撮ったジョイス・バロニオの写真『42丁目スタジオ』(1981年)のなかからの引用だったり、「歩数を計って」(To Count Steps With;1982年)はホモセクシュアル雑誌『ブルーボーイ』誌のグラビア写真をモティーフにしたものだったりする。[3][4]

この時期にメアリー・ブーンと仕事上のパートナー関係を築いた。メアリー・ブーンは、レオ・カステリに代わってニューヨークのアートシーンを動かすことになる若い女の画商である。サーレは、メアリー・ブーンに見いだされ、1980年代に入るとジュリアン・シュナーベルと並ぶアメリカのニュー・ペインティングの代表格となっていく。

また同時期、アメリカン・バレエ・シアターに雇われ、ダンサー兼振付家のカロル・アーミテージのために舞台美術および衣装デザインを手がけた。

1995年、サーレは、映画『サーチ・アンド・デストロイ』でハリウッド監督デビューを果たした。同作にはクリストファー・ウォーケンおよびグリフィン・ダンが出演し、マーティン・スコセッシがプロデュースを務めたが、作品は非常に否定的な評価を受けた。

芸術

サーレの絵画および版画は、無作為に並置され、多層的に重ねられたように見えるイメージ、あるいは意図的に非論理的な手法によって互いの上に配置されたイメージから構成されている。そこでは、彼自身のオリジナルのイメージと、借用されたイメージとが結び合わされている。用いられるイメージには、ドナルドダックのような大衆文化の要素や、カラヴァッジョの絵画の一部といった美術史上の断片が含まれる。

サーレはさまざまなメディアとプロセスを用いて制作してきた。彼の多くの作品は、抽象と人体像とを取り込みつつ、それらを並置したイメージから成る。異なる様式、認識可能な図像、テクスチャーを組み合わせることによってイメージを操作しているのである。

彼の作品は、ニューヨークのホイットニー美術館、アムステルダムのステデリック美術館、ロサンゼルスのロサンゼルス現代美術館、イタリア・トリノのカステッロ・ディ・リヴォリ、グッゲンハイム美術館ビルバオ、ドイツ・ハノーファーのケストナー協会などで展示されてきた。

また彼の作品は、ニューヨークのメトロポリタン美術館においてダグラス・エクランドが企画した展覧会「ピクチャーズ・ジェネレーション」にも出品された。この展覧会では、リチャード・プリンス、シェリー・レヴィーン、シンディ・シャーマン、ナンシー・ドワイヤー、ロバート・ロンゴ、トマス・ローソン、チャールズ・クラフ、マイケル・ズワックら、多くの同時代作家とともに展示された。

サーレの制作プロセスは、通常、雇ったモデルなどを被写体として自ら撮影した写真を参照資料とすることから始まる。この方法は当時としては画期的であると同時に物議も醸した。主として、これら二つの芸術形式の結合が一般的な実践ではなかったためである。この時期、画家と写真家はどちらの形式がより価値を持つのか、あるいはそもそも価値があるのかをめぐってしばしば議論していた。彼の写真のコレクション自体も芸術と見なされているが、サーレ自身は最終的なイメージを絵画として制作する理由について、現実世界から得たイメージを、絵画という世界と文脈の中へと配置するためであると述べている。

デヴィッド・サーレによれば、彼の意図は作品からあらゆる物語性を排除することにあったが、鑑賞者はイメージから物語を読み取ろうと試みるかもしれない。彼の意思決定のプロセスは、まず自身が惹かれた一つのイメージから始まり、そこに収集した特定のイメージの断片を付け加えていき、絵画が完成したと感じられるまで続けられる。サーレの作品は物語を含まないが、意味や関係性を欠いているわけではない。彼は、イメージの選択は決して無作為ではなく、選ばれた要素は複雑な仕方で相互に参照関係を結んでいると述べている。彼は、この点にこそ借用されたイメージによる作品における独自性があると考えている。

2020年から2021年にかけてのCOVID-19パンデミックの期間中、サーレは《ツリー・オブ・ライフ》と題する一連の作品を制作した。これらはアダムとイヴ、エデンの園、そして『ザ・ニューヨーカー』の漫画家であるピーター・アーノ(1904–1968)に言及している。画面はモノクロームと多色彩のパレットとが交互に用いられている。

サーレはまた、舞台美術や衣装デザインにも携わり、映画の監督も務めている。1986年には演劇デザインの分野でグッゲンハイム財団フェローシップを受け、長編映画『サーチ・アンド・デストロイ』を監督した。振付家のカロル・アーミテージとは長年の協働関係にあり、彼女のバレエ作品のために舞台装置および衣装をデザインしている。

さらにサーレは、自身の芸術における人工知能(AI)の活用も探究している。2023年にはコンピュータ科学者と協働し、自身の作風を反映したイメージを生成できるプログラムを開発した。このプログラムはサーレの絵画から成るデータセットによって学習され、彼の指示に基づいて調整されたものである。サーレは生成AIについて、新作の着想を練る際に作品の変種を構想することができる点で有用であると述べている。また、将来的にAIが自身に取って代わる可能性について問われた際には、今後の芸術においてAIが大きな役割を果たすであろうことを認めている。

著作

デヴィッド・サーレはまた、美術に関する多作な著述家でもある。彼のエッセイや批評は、『Artforum』、『Art in America』、『Modern Painters』、『The Paris Review』、『Interview』をはじめ、多くの展覧会カタログやアンソロジーに掲載されてきた。また『Town & Country』の常連寄稿者でもあった。

批評エッセイ集『How to See』は2016年にW・W・ノートンから刊行された。この書籍の制作にあたっては、ジェフ・クーンズロイ・リキテンスタイン、ジョン・バルデッサリといった同時代の作家たちと密接に関わった。

ドワイト・ガーナー(Dwight Garner)によれば、『How to See』におけるサーレの使命は、各絵画を「一種の立場表明文として扱い、芸術家をいわば哲学者崩れのように見なす」タイプの批評家たちから、美術を奪い返すことにある。サーレはむしろ、作品の具体的な仕組み、すなわち現代絵画がいかにして機能しているのかという実際的な側面について語ることに関心を寄せているのである。

サーレの文章は、その芸術的スタイルと同様に、機知に富み興味を引くものである。彼は、美術史に付随する専門用語は簡潔化することが可能であり、またそうすべきであると考えている。そうすることで、美術教育を受けていないが関心を持つ人々も、なお美術について学び、それを鑑賞することができるとする。

批評と評価

公的コレクション

外部リンク

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