トウショウレオ
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| トウショウレオ | ||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 欧字表記 | Tosho Leo[1] | |||||||||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||||||||
| 性別 | 牡[1] | |||||||||||
| 毛色 | 青鹿毛[1] | |||||||||||
| 生誕 | 1982年4月13日[1] | |||||||||||
| 死没 | 1990年12月19日(9歳没・旧表記) | |||||||||||
| 抹消日 | 1989年10月28日 | |||||||||||
| 父 | シャトーゲイ[1] | |||||||||||
| 母 | ブルートウショウ[1] | |||||||||||
| 母の父 | ネプテューヌス[1] | |||||||||||
| 生国 |
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| 生産者 | 藤正牧場[1] | |||||||||||
| 馬主 | トウショウ産業株式会社[1] | |||||||||||
| 調教師 | 鶴留明雄(栗東)[1] | |||||||||||
| 競走成績 | ||||||||||||
| 生涯成績 | 20戦6勝[1] | |||||||||||
| 獲得賞金 | 2億1726万6400円[1] | |||||||||||
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トウショウレオ(欧字名:Tosho Leo、1982年4月13日-1990年12月19日)[1] は日本の競走馬、種牡馬。主な勝鞍は1987年の中京記念、1988年の京阪杯、1987年・1988年の小倉大賞典。
この項の出典は特筆ない限りJBISサーチ[1]及びnetkeiba.com[2]による。
1984年9月23日に函館競馬場で行われた3歳新馬戦にて小谷内秀夫を背にデビュー、後続を7馬身離し初優勝を挙げた。9月23日には重賞初挑戦で函館3歳ステークスに出走、1番人気に押されるも、エルプスに4馬身離され2着に終わった。年明け初戦のきさらぎ賞では3馬人気で出走するも15番人気のイブキカネールに先着され2./12馬身離されまたも2着に終わった。1986年初戦は1月5日に行われたスポニチ賞金杯に出走し3着に入線するも、続くサンケイ大阪杯では9着に終わった。7ヶ月の期間を空け10月26日に行われた準オープン・壬生特別では4番人気に押されるもサンケイ大阪杯同様9着に終わった。しかし続く900万下の競走では3着で約10ヶ月ぶりの掲示板入りを果たし、続く尾張特別・スポニチ賞金杯で共に2着と着々と結果を残していった。1月18日に京都競馬場で行われた伏見特別ではアイノゴールドとの接戦を1/2馬身差で制し新馬戦以来の2勝目を上げると続く小倉大賞典では人気に答え重賞初制覇を果たした。3月22日の中京記念では後続のノックアウトを2馬身離し重賞2勝目に加え3連勝を飾った。年をまたいだ初戦はオープン特別競走・関門橋ステークスに出走するも2馬身差の2着と敗れるも、続く連覇がかかった小倉大賞典では1/2馬身差の僅差で優勝、連覇を達成した。4月3日のサンケイ大阪杯ではフレッシュボイスやゴールドシチー、メジロデュレンなどGI馬が数多く出走する中3着と善戦、5月15日の京阪杯では1/2馬身の僅差で重賞4勝目を挙げた。しかしその後休養に入る。1989年に入り挑んだ初戦は日経新春杯に出走、6番人気ながら4着と掲示場入りを果たし、2月19日には3連覇がかかった小倉大賞典に出走するも、ダイカツケンザンに負けたものの5着と2戦連続掲示板入りを果たした。3度目の正直で挑んだ産経大阪杯では4番人気に押されるもヤエノムテキの11着と大敗。このレースを最後に中央競馬の競走馬登録を抹消さた。
競走成績