トマス・ヘイ (第7代キノール伯爵)
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ジョージ・ヘイ(George Hay、1672年10月没、フランシス・ヘイの長男)と妻マリオン(Marion、旧姓ニコルソン(Nicolson)、1663年7月15日埋葬、初代準男爵サー・トマス・ニコルソンの娘)の次男として[1]、1660年ごろに生まれた[2]。1675年1月に兄フランシス(1658年2月28日 – 1675年1月)が生涯未婚のまま死去すると[1]、バルハウジーの地所を継承した[2]。
1693年から1697年までパースシャー選挙区の代表としてスコットランド王国議会の議員を務めた後、1697年12月31日にスコットランド貴族であるダプリン子爵に叙され、1698年7月23日にダプリン子爵としてスコットランド王国議会議員に就任した[1]。議会ではトーリー党に属した[2]。
スコットランド王国とイングランド王国の合同を支持して、合同条約の交渉におけるスコットランド代表の1人を務めた[1][2]。
1709年5月10日に遠戚にあたる第6代キノール伯爵ウィリアム・ヘイが死去すると、キノール伯爵位を継承した[2]。その後、1710年イギリス総選挙と1713年イギリス総選挙でスコットランド貴族代表議員に当選した[1]。1715年ジャコバイト蜂起では蜂起への支持を疑われ、長男ジョージとともにエディンバラ城に投獄された[2]。