トミー・セイヤー
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概要
生い立ち
オレゴン州ポートランド出身。同州ビーバートン郊外でビートルズや60年代ポップスを聴きながら育つ。70年代ロックに強い影響を受けて13歳でギターを始め、高校卒業後数々のローカルバンドでプレイしていた。
ブラック・アンド・ブルー

1981年11月にジェイミー・セント・ジェイムズとブラック・アンド・ブルー(Black 'N Blue)を結成。
1982年には活動拠点をロサンゼルスに移して、LAクラブシーンで活動する。
1983年、ゲフィン・レコードと契約し、1984年にメジャーデビューを果たす。同年8月からエアロスミスのバック・イン・ザ・サドル・ツアーで前座を務め、11月には単独で日本公演を行う。
1985年末、キッスのアサイラム・ツアーの前座を務め、ジーン・シモンズと親しくなる[注釈 1]。1980年代後半からバイトでシモンズのパーソナルアシスタントを務め、コーヒーを入れることから家の雨どいの掃除、さらにポール・スタンレーの家の壁塗りまで公私に関わらず何でもこなした。
1989年、ブラック・アンド・ブルーはゲフィンに契約を切られて解散した。
キッス

セント・ジェイムズと共に、フルメイクのキッス・トリビュートバンド「コールド・ジン」(Cold Gin)[注釈 2]を結成。ロサンゼルスを中心に活動し、日本公演も行った[注釈 3]。
1990年代にはバイトで務めていたキッスの雑用係が本職になった。メンバーの移動先のホテルを予約し、キッスの歴史書『KISSTORY』の編集に携わった。1995年から1996年にかけて行われたキッス・コンベンションを企画して実現させた。その結果、キッスが1995年8月に出演したMTVアンプラグドには、オリジナル・メンバーのピーター・クリスとエース・フレーリ―がゲスト出演した。
オリジナル・メンバーによる再結成ツアーが始まった1996年からは、ツアー・マネージャーを務めた。リハーサルでは昔自分が作ったギター・フレーズを忘れかけていたフレーリーを手助けし、再結成に伴う様々な映像を記録編集して『セカンド・カミング(Second Coming)』を作り上げた。
2002年、フレーリー脱退後、後任としてキッスの第9期メンバーかつ第5代目ギタリストになった。メイクはフレーリーと同じスペースマン模様を施している。
2007年、ポートランドで開催されたブラック・アンド・ブルーのベネフィット・コンサートに参加。
2009年、初めてキッスの正式メンバーとして、スタジオ・アルバム『ソニックブーム』の制作に参加する。
2012年、20枚目のスタジオ・アルバム『モンスター~地獄の獣神』において、スタンレーやシモンズと多くの曲を共作して制作に大きく貢献する。二人からは「トミーとエリック(ドラマーのエリック・シンガー)が俺たちをバンドとして蘇らせてくれたのだ」と絶賛された[1]。
2015年、キッスのメンバーとして東京ドーム公演[2]、2019年末、キッスの最後の日本ツアーに参加した[3]。
元キッスファンでツアー・マネージャーを経てメンバーになった経歴のため、ファンの意見をメンバーに伝える役目も果たしてきた。寡黙で真面目な性格でもあり、スタンレーには「キッスとしてどうするべきか迷った時は、トミーに意見を訊く事にしている」ほど信頼されている。
